「金兄!」

聴きなれた優しい声が、背後から俺の名を呼んだ。その声に心臓がどくりと跳ねる。俺はいつになく平然を装い、その声の主の方に顔を向けようとしたが、そんな行為も虚しくガバ、と温かなぬくもりが俺を包んだ。嗅ぎ慣れたコイツ独特の落ち着く匂いと、優しくてふんわりとしたぬくもりが俺の脳内を一気に支配する。耐えろ、耐えるんや金造、と自分に言い聞かせ、一瞬消えかけた理性を取り戻す。心の奥底で深くため息をつき、気持ちの整理をする事にさほど時間はかからなかった。何故なら、これはもう俺にとっては日常茶飯事の出来事となっているから。
「なにしよんねん、ひっつくな暑いやろ」
「そないなこと言わんといてえやぁ!金兄が目の前に居ったら抱きつくのはお決まりやろ?」
いつ誰がそないなこと決めたんや。少なくともそう思うとるんは廉造だけやろ、と視界の隅で揺れるピンク色の髪を見ながら冷ややかな言葉を吐いてみる。けど実際問題自分の中では、俺の細い細い理性の糸が今にもプツリと切れそうで、狙ってもなんともないくせにこんな可愛い言葉を簡単に言ってくる弟に危ない気持ちを抱きっぱなしなわけで、このままずっと背中に抱きつかれていても全く問題はないと思っているわけで、むしろそうしていて欲しいわけで。
でも俺から見ればコイツは俺の唯一の弟で、コイツ―――…廉造からみれば、俺はただの兄貴なわけで、そういうような感情は抱いてはいけないと解っているし、こんな思いをしてるのは俺だけってのも知っている。それよりも何よりも一番分厚く硬い壁はそんなことではなく、男同士という点であるかもしれない。ついこの間、学校でそのような事もある事だと学んだが、その時の周りの反応と言えば解りきったものだった。

「…で、何や?特に用は無しか?」
俺がそう問いかけると、廉造は「あー…」とだけ言って回していた腕をスルリとほどく。先程まであった廉造の体温がじわりと背中に残り、触れる空気が冷たく感じる。
それっきり返事が無くなった廉造に不審感を覚え、体を半回転させてみると正座をしたまま俯いている廉造が居た。


「…どないしたんや?」
「……」
「黙っとっても解れへんやろ?言うてみい、相談のったるさかい」
ぎゅ、と膝の上の拳を握りしめる廉造を見て、何か深刻な事でもあったんか、と心配になる。できるだけ優しい声色でなんとか話を聞こうと施すと、ようやく廉造の口が開いた。

「………、あのな、」
開かれた口から繋ぎ止められたその声は、震えているわけでもなく、思ったほど弱々しい声でもなかった。ただ、どこか不安の残るような、迷っているような、そんな声だった。
そして、その後に繋がれた言葉は、俺の思考を完全に停止させた。


「俺、昨日、坊に告白されてん」



たった一言。どこの誰でも理解する事かできる、この一言。
ここで俺が、もしコイツの事をただ可愛い弟だとそう感じていたら、事はすぐに終わっていただろう。だけど、そうはいかなかった。俺はコイツが、廉造が、好きなのだ。その坊と一緒で、一人の人間として、一人の男として。だから、廉造からそんな衝撃的な言葉が発せられた時、目の前が真っ暗になったとでも言おうか。そんな思いに立たされた自分が居た。坊と言うのは家に良く遊びにきていた勝呂竜士と言う名の男だろう。見た目とは裏腹に愛想が良い彼は志摩家の男女を問わず皆から好かれていた。
そんな中俺だけは彼に冷たく当たっていたかも知れない。何故なら、彼は廉造と学校でもずっと一緒に居る訳だし、俺の方がずっと前から廉造の事を見てきたと言えどもやはり俺が知らない廉造を彼は知っていた訳で。しかも、異様に廉造と仲が良い事にただ、俺は嫉妬していた。そんな事を彼は知っているのだろうか、解らない。

そんな彼に告白されたと廉造は俺に告げた。そんな事聞いてもちっとも嬉しくない。むしろふつふつと腹のそこから黒いものが沸き上がっているのを、無理矢理押し込んでいた。彼も男だ。もし、もし廉造が彼にOKを出したらどうする?今までビクビクして押し込んでた俺がバカみたいで、彼が言ったから俺も言うなんて行動にでたらそれこそ卑怯者みたいで、それどころじゃないのに変なプライドが邪魔をしていた。


[ 33/34 ]

[*prev] [next#]

list


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -