物心ついた時から、俺にはずっと想ってきた人が居た。
幼かったせいもありか、その想いが恋心であると知ったのには時間がかかった。そしてそれが、本人から知らされた事だったというのを高校生になった今でも良く覚えている。
幼かった頃の俺は彼に、「胸ん中がなんかムズムズしたりギューて苦しなるんや」と打ち明けてみた事があった。すると彼は「それは恋て言うんですえ」と笑顔で告げ、坊にも春がきはったんですねえとか、簡単に気持ちは言うもんやあらしまへんよ、とか必要以上にあれもこれもと猿に言葉を教えるかのようにブツブツ言ってきて、何も知る事の無かった俺はそうなんや、と一から十まで黙って聞いていたワケだが、「柔造で良ければ誠心誠意応援させていただきますさかい、何でも言うてくださいね」と言われた時に、俺は相談を持ちかけた人を間違えた事に小さいながらに気付いたのを覚えている。
そして長い年月が経った今もその想いは変わらず、いろいろな知識を得たという事もあり考える事が増え、この気持ちをまだ当の本人に打ち明けられていないのだ。

それを今日こそ伝えようと、家の縁側に彼を呼び出した。時は夜。月の目映いほどの光が俺を照らしつけていた。

「坊、今晩は。今日はどないしはりましたん?」
「ん…いや、ちょっと言いたい事があってな」
「…まさか廉造の事やあらしまへんか?ほんまアイツはいっぺんシバこ思てるんですよ。末子やいうんもあるんでしょうけど」

まだ何も言っていないのに、まるで全てを察したように柔造は話し出す。今回は志摩の話では無いのだが、こうなると柔造を止める事は誰にもできやしまい。志摩の事をそうやって話す柔造の言葉の中には弟への純情な愛が混じっているように感じられた。昔からそうだが、よほど弟が好きなんだなと思い知らされる。

「アイツん事は柔造に頼むわ。俺には手に負えんから」
「はい、任せてください」

ニコニコと笑う柔造を前に、話に結果をつけるように短くあしらう。事実志摩は俺の手に負えないし話の本題はそれでは無いのだ。ここだけの話、もう一週間ほど前から今日のこの時に緊張してきたのだから、言い出せなくなってしまう前に事を終わらせたかった。

「………で、本題やけど、」
「止めとき。」


「………は?」

脈打つ心臓を落ち着かせようと出来るだけ大きく息を吸って、これから来るだろう解りきった返事を聞く為に口を開くと、それを言う前に遮られた。
まるで、俺の気持ちを知っていたような、そんな言葉。

「俺なんか、止めとき。坊にはもっとええ人が居るし、坊にとって何の得にもならしまへん」
「な、おま、知って」
「…坊のお気持ちはホンマに嬉しいですえ。俺なんかが坊の初をもろてもて、柔造は幸せです。でも」
それとこれとは話がちゃうんや。柔造は至って真面目な顔で、今まで決して俺に使ってきた事の無かったタメ語で告げた。
返事は解りきっていた。でも、自分からは何も、一切告げていないのに。

「そ、な、俺は柔造が」
「忘れてください」
「は、?」
「俺の事、何もかも忘れてください。そんで、俺の事嫌いなって、口も聞きたくないほど、声も聞きたくないほど嫌いになってください。」
「何言うとんや、そんなん出来るわけ」
「お願いします」
「っ、柔、」

せやないとアカンねや。

頼みの為に下げた顔を上げた直後俺を見つめた柔造の顔は、今までに見た事のない苦しそうで泣きそうな、すがりつくような顔だった。



それは酷く優しい暴力



(そんな暴力、痛すぎる)



20110924 黒豆
        <祓!>

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