「黄瀬ぇー、帰ったぞー」

ガチャリと一度鍵を回し、扉を開けてから俺の帰りを待っているはずの人物の名を呼んでみる。少し前まで、こんな行為をする事は一度もなかった。一人暮らしのせいでだだっ広い部屋だけがいつも俺の帰りを待っていて、ただいまと言う人もいなければおかえりと言ってくれる人さえいなかった。けれど、今は違う。

「…黄瀬?」

いつもなら青峰っちおかえりっスー!とか言って今にも見えそうな尻尾を振って飛び付いてくるはずなのに、来ない。
今はそんなに夜遅い時間でもないし、寝たとかではないだろう。今日は仕事が長引くとでも言ってたか?記憶を辿りよせてみても、まだそれらしきメールは来ていない。昨日言っていたのかも知れないが、人の話をなかなか聞かない俺としては会話の内容は少ししか覚えていなかった。

「…まぁ待ってたら帰ってくんだろ」

飯もまだ食ってねぇしと自分で自分に適当に言い聞かせる。浮気とかそういう心配は、アイツが俺以外の他人のところにホイホイ着いていくわけねぇから一切していない。かと言ってもしも身に何か起きていたら――。けど、今どこだ早く帰って来いとは言いたくない。プライドってやつだ。

黄瀬が居ないせいで部屋が嫌に静まりかえっている。…あれ、こんなに広かったっけ。リビングにあるソファもテーブルも、こんなに大きかったっけ。いつも黄瀬がいるのが当たり前で、気にした事もなかった。黙って見上げた天井は、高い。

「……」

俺は今まで、ずっとこんな生活をしてきたのだろうか。あれだけ普通だと思っていた『一人』が、こんなにも寂しいものだと知らなかった。こんなにも、色が少ないものだと知らなかった。――俺の世界に飛び込んできた黄色は、これほどまで大きな存在だったということに初めて気が付いた。


「…腹減った、」

アイツは俺がいなきゃダメなんだろうなとずっと思っていたけれど、俺もつくづくアイツがいなきゃダメなんだなと実感し、自分自身に苦笑いを浮かべた。





君がいない世界


「青峰っちただいまっスー!遅くなってごめんね!お腹減ったっスよね?今何か――って何スかこれ?!?!お米溢れてる?!」
「なんか爆発した。黄瀬腹減った、早く飯」
「爆発した。じゃないっしょ?!アンタどんだけ米と水いれたんスか!!これじゃお米炊けないっスよ!!」
「じゃあ米じゃなくて良いから早く飯腹減った死ぬ」
「どんだけ自己中?!もーホント青峰っちは俺がいないとダメなんスから〜!(笑)」
「そうだな」
「っ!?!?!?(青峰っちが肯定した、えっ嘘えっ、)」
「…んだよ。ほら早く飯」
「ぁ、は、はいっス!(やばい、嬉しすぎる、)」


20120814 黒豆

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