「進路希望調査紙今日が締め切りだぞー。出してないやつは早く出しに来い」

――いつか別れる日が来る事は解っていた。
彼に憧れて始めたバスケも、もうじき意味を成さなくなる。
何をしても人並み以上に出来てしまう才能を持った俺は、生きていても楽しさというものを感じなかった。何かを上手にする事ができても褒められるどころかそこには妬みしか待っておらず、友情なんてものも全て薄っぺらなものだった。女の子達は俺のルックスと、なんでも出来てカッコイイっていう適当な目線でキャーキャーたかってくるばかりだったし、男だってそんな俺といたらモテるだろっていう浅はかな考えなだけで俺の事をちゃんと見ようともしなかった。
つまらない。
ただ俺が欲しかったのは、皆みたいに誇りを持って熱くなれる何かだった。でも、それと同時に見つかるわけがないと諦めてもいた。
……そんな俺にバスケを与えてくれた彼と、もうじき別れなければならない。解っていた。いつかこうなってしまう事が。

第二進学希望先に書いた文字を消してはまた書いてという作業を何度も何度も繰り返す。第一進学希望先は、推薦をもらった海常高校。
第二進学希望先は―――、


もしも、もしも。
もしもこれからもまた君とバスケが続けられるというのならば。
色のない俺の世界に飛び込んできた綺麗な青を、これからも追いかけていけるのならば。


机に突っ伏したままの彼を横目に見る。俺の世界に色をくれたはずの彼は、いつの間にか色を失ってしまった。いつかの俺と同じ、光も色もない平坦な世界へと入り込んでいってしまった。バスケだけを一心に見つめ、輝くようなまばゆい光を放っていた彼はもういない。1on1しようと誘えば仕方ねえなと言って腰を上げてくれる彼はもういない。…俺が追いかけてきたはずの"青峰大輝"はもういない。

それでも俺は彼に憧れ続けた。青峰が例えどうなってしまおうと俺の中で彼はやっぱり彼で、それ以外の何ものでもなかった。
何よりも輝く、強い光。
光る事を忘れてしまった、明るいはずの光。


「――黄瀬、後お前だけだぞ。今日中でいいけど、出来るだけ早めに出せ」
「…はーい」

本当は第一希望に海常高校と書いて出すだけで良かった。その行為にはものの5秒とかからない。なのに、踏み切る事が出来ないのは自分の中の戸惑いのせいだった。

「(…もし俺が、色を失った彼の世界に色を付ける事ができるのなら)」

文字が消えたはずの第二進学希望欄を見る。――本音を言えば彼に着いていきたい。このまま彼を放っておけない。俺が見ていない世界で、彼が知らない間に変化していってしまうのは何よりもの苦痛であった。
……またあの人のバスケが見たい。色を失った彼の世界を鮮やかにできる人がいるとすれば、それは俺だけなのだ。そう、思いたい。

「先生」

シャーペンを素早く走らせ、教室を出ていきそうになった先生を呼び止める。
行くのだ、彼と同じ高校に。

もう瞳に迷いはなかった。





もしも話



「……先生」
「ん?ああ、青峰か。どうした?」
「その紙、貸してください」
「は?いや、これは黄瀬の――」
「知ってます。……アイツは、来ちゃいけないんすよ」
「…。…第二進学希望先か」
「、はい」

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このやりとりを、彼は知らない。


20120921 黒豆

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