梅雨がやってきた。
どんよりと重たい雲が空一面を覆い、太陽が顔を見せない日がここ何日か続いている。家の窓に吊り下げたはずのてるてる坊主も、湿気のせいで数日前からすっかり落ち込んでしまっていた。


「(…また雨、か)」


学校を出て空を見上げてみると、雲が涙を流しているかのようにボタボタと音をたて地面へと雨粒が染み込んでいく。


雨は嫌いだ。

じめじめしてるし、服は濡れるし、良いことなんて一つもない。




暫く黙って空を見つめた後、ずっとここに滞在するわけにもいかず渋々と傘を開く。ズボンの裾が濡れる前に早く帰ろう。水分吸収の限界を越えた地面に足を踏み出した時だった。


「グッドタイミング」


左肩を押され、バランスが崩れる。その拍子にうわ、と間抜けな声を出してしまい、肩を押してきた声の主がケラケラと俺を笑った。

「な、にするんスか!」
「何って…雨宿り?」
「"雨宿り?"…じゃないっスよ!転けたらどうするんスか!」
「そんな柔じゃねぇだろ?」
「そ、そうっスけど…!」

俺の傘の半分を奪った隣の男、青峰大輝はいつもの彼独自のペースで話を続ける。彼の生暖かい体温が、服越しに伝わってくる。肩と肩が、触れ合う。

全て彼の思惑通りなのか、それとも単なる天然なのか。

俺がどれだけ彼の事が好きで好きで仕方ないのかを、本人は当の昔から知っている。
俺がたったこんな小さな事でドキドキしてしまうということも、彼は既に知っている。

逆に言えば俺は、
そんな俺を愛してくれている彼を知っている。



雨音が少しずつ静かになっていく。

歩幅をできるだけ小さくしながら歩いている理由に彼は気付いているのだろうか、わからない。
ただ単に俺は、少しでもたくさんの間彼と一緒にいたかった。


ぽつり。
雨が止んでいく。


――雨は嫌いだ。
じめじめするし、服は濡れるし、良いことなんて一つもない。

それでも俺は、



「…。おい黄瀬」
「?なんスか青み――」


ふと隣で呼びかけられて、顔を動かした矢先。

ちゅ、と軽い音がして、目の前には彼の顔。

左手には彼の手が重なり、まっすぐに掴んでいたはずの傘の柄はいつの間にか二人を隠すような形になっていた。


…心臓が静まる事を覚えない。

キスぐらい何度もしてきた。なのに、いつまでも経っても慣れない。それもこれも、目の前にいる人物が愛しくて仕方がないのが原因である。


「〜〜〜っ、!!」
「…雨宿りのお礼、な。」


そっと距離が離れたかと思えば青峰っちはニコリと優しい笑みを浮かべた。


「(…ずるい、)」


赤く火照った顔を隠すようにそっぽを向くと、青峰っちの大きな右手が俺の頭を撫でた。




もう少し、止まないで


(嫌いな雨が、好きになる)


20120810 黒豆

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