若干本誌ネタバレ注意▼







それはまるで、時が止まったかのような動きだった。

ふわり、ゆっくりと、真紅に染まった髪がなびく。指先から爪先まで一ミリたりとも形を変えない彼のフォームは、今も、きっとこれからも誰にも真似される事はないだろう。いや、真似するなんてできっこない。これは彼の、彼だけの特別なバスケなのである。

タン、と体育館にボールの落ちる音が響く。空中に滞在していたバスケをやるにしては小さな体が音もたてずに床へと着地した。
彼のプレーは、他のメンバーの誰とも違う、全くもって異質なものだった。誰にも真似できない、彼の、彼だけのプレー。

不覚にも俺は、それを美しいと思った。





*



「――ねえ赤司っち、
赤司っちには夢ってあるっスか?」

部活の帰り、いつもと同じ道。青峰と1on1をしない日は、家の方角が偶然同じである赤司と一緒に帰る事が多かった。周りからすれば俺と赤司が一緒にいる姿はなかなか珍しいようで、部活仲間の緑間なんかは「何故お前らが一緒に帰っているのだよ!」とか、別に何も思ってませんよって涼しい顔をしながらいかにも焦ったように声を震わせてた。何だよ、俺らが一緒にいたらそんなに変なわけ?そんな思いを頭の片隅に置いてる間に、赤司が「家の方向が同じなんだ」って冷静に返してた事を今でもしっかりと覚えてる。

「なんだい涼太、急にそんな事聞くなんて」
「いや、特に理由はないんスけど、赤司っちにも夢、あるのかなーって思って」
「…。…夢、か」

そういや考えた事も無かったな、と赤司は小さく呟いた。少し長めの真紅の前髪が長い睫毛に覆いかぶさり、下へと伏せられた瞳とその横顔は息を忘れるほど美しくて、俺より15cmほど背丈が小さな彼に変な錯覚さえ起こしてしまいそうだった。

「(たまに思うんだよな、こんな人が同じ中学にいて、同じバスケ部で、しかも4番で、更には偶然帰り道まで一緒なんてさ、)」

きっと俺があの時バスケ部に入るって言ってなければ、一生彼とは巡り合ってなかっただろう。それぐらいお互い接点も無ければ、勉強も運動も俺にとっては絶対に届かない存在だった。

「(すげぇ奇跡だ、ホント)」

最初に俺が恋したのは青峰のバスケプレーで、そこから俺の視野は180度変わったわけではあるが、赤司に出会い彼のプレーを見た時、全身にビリビリと電気が走ったような感覚に陥った。暫く何も言葉にする事ができずに目を丸くしていた俺を見て赤司は小さく笑ったっけ。
――赤司のプレーは、他のメンバーとは極端に違う。どこからでも3Pシュートが入るとか、どんな打ち方してもボールが引き寄せられるみたいにゴールに入るとか、人並み外れたパワーやスタミナがあるとか、相手の注意を払ってどこにでもパスを通せるとか、そんな特別凄い才能を持ってるわけではなく、至って本当に普通のバスケ選手だった。他にも凄い人がいっぱいいる帝光中バスケ部の中で、なんでこの人が4番をつとめているんだろうって正直言うとその頃は疑問に思っていた。でも、実際はそんな特別な才能を持ってる彼らとは比べモノにならないほどの才能を彼は持っていた。絶対に真似する事の出来ない、それはそれは特別な、


「――涼太は」
「、へ?」
「涼太は、何かあるのか?」

夢。
ふいに赤司が口を開く。瞳と瞳を合わせればまるで捕らえられて離されないような気さえして、ヒュ、と軽く息を飲んだ。

「夢、っスか」
「言い出したからには何か思い当たる事でもあるんだろう?」
「や、そんな、俺は特に、」

夢なんか――とまで言って、口を閉じる。
例えば先生になりたいとか、パイロットになりたいとか、そんな大層な夢は未だに持っていない。が、アレがしたいコレがしたいという小さな希望を、もしも夢だと呼ぶのなら。

「……いつか必ず、青峰っちに勝つ事!何がなんでもギャフンと言わせてやるっス!」
「そうか」
「…………あと、」


ーーーーーーー。


動かした唇から放った言葉に、赤司は今まで見てきた笑顔の中で一番柔らかく微笑んだ。















『10番プッシング!海常ボール!』

ピッ、と響くホイッスルの音。沸き上がる観衆の声援。ベンチに座る部員達。険しい顔をしてこちらを見る監督。チームを引き締める為に声を出す先輩、汗の匂い、バッシュの擦れる音、上がる体温からの熱気、ボールが床に跳ねる音。全てが五感をくすぐる。指先が震える。一試合前の彼のプレーは、まだ覚えている。一年前まで見てきた彼のプレーは、まだ忘れていない。
ボールの所持権は俺だ。大きく息を吸う。――できる。今の俺なら、あの時の夢を叶えれる。

ボールが床につくのと同時に、体を大きく前へと進ませた。



リスタート


「赤司っちのプレーを真似する事!」
「…楽しみにしてるよ、涼太」



20121021 黒豆

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