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謙也さんと対面し、軽い説明を済まし、それから数十分経とうとしたころ、ガラリと病室の扉が開いた。
扉に視線を向け見てみれば、そこには部長がおった。
みるみると遠山の表情が明るくなっていく、心なしか謙也さんを見たら少々驚きを含んだような表情を浮かべていた。
どうせ、部長の事だからこれから頻繁に謙也さんを訪れることなんて、俺らから見たら誰だって分かる。

テニス部レギュラーで知らないヤツはおらんほど、彼らは公認の恋人同士だったんだから。

それが、謙也さんだけ記憶が欠落してもうた。

「あ、白石やん!」

「金ちゃん達、来てたんや」

そう言っても、驚いた様子を何一つ見せない部長。ホンマに、部長が弱みを見せたところなんて俺は見たことあらへん。

「俺ら今日、暇やったんで」

受験生とはいえ、三年生ではない俺らはまだまだ平和。
こんな日を簡単に作れてしまえるのだ。

「そか」

終始、俺らの会話を遠目で見つめていた謙也さんが俺らに話し掛けた。

「ほんまに、来たんやなぁ…」

そう呟いた謙也さんの方へ三人皆一斉に視線を向けた。
そのせいで一瞬焦った謙也さんの表情が見えたが、落ち着くとその表情は消えた。

「ん?そりゃ、約束したやん」

さも当然、当たり前だと言うように部長は胸をはってそう言う。
相変わらず、謙也さんに対して、部員に対してよりも女子に対してよりも、そういう律儀さは何倍もある。
例え、謙也さんの記憶が欠落していようとも。

「でも、ほんまに来ると思わへんかったんや」

「俺から取り付けた約束やからな」

誰が、この会話を聞いて片方だけが記憶喪失だと分かるだろうか。
謙也さんは部長に向けて、怖じけた様子は見せていないし、むしろ距離を適度にとっている。
別に、その二人の距離感が不自然ではないなら尚更。

「あんたら、一回の面会でそないに仲良しになったん?」

本当に、心の底から思っている事を二人に質問という形にしてぶつける。

「せや」

たった一言で、あっさりと肯定されてしまった。

これも、謙也さんが部長に会った時、記憶喪失だと言う事に混乱していなかったからであり出会った時、もし謙也さんが混乱を部長にぶつけていたならば話は全くこの展開へとなっていなかった筈だ。
これも、無駄に物分かりの良い謙也さんだから起きた話だと思う。

「あんたらって…人たちは…」

そう言ってわざとらしく溜め息をついてみせる。
本当は、こんな溜め息をつく前に言いたい事は山ほどあったけれど。
きっと、そんな会話はこんな時に聞くような大した話ではないから。
今回くらい、特別に心の内にしまっておこう。

「ええやんか、仲良しなんやで?財前」

人が珍しく黙っているとこうだ。
人の心も知らないくせに、部長と謙也さんが仲良くしていると腹が立つ。
もう二人は恋人ではないのに、俺のレンズはそうにしか見えない。
何と言う、醜い感情でしかも自覚している自分に反吐が出そうだ。

「部長は黙っといて下さい」

「何難しそうな話してんねん、オレには分からへんー」

そう言って、本当に分からないらしくクエスチョンマークを頭上に幾つも散りばめて話に割り込む。
悪意がない遠山には別に嫌な気分には為らない、ならば…ただ俺はへらへらしている謙也さんに苛立っている訳ではなく、平然とした様子で現れてそれでも謙也さんに向ける視線は愛おしむ表情な部長に、苛立っているのだ。

「金ちゃんは、それでええんやない?」

「ケンヤがそう言うんならええわー」

親子みたいな会話を、ほらまた愛おしむような視線を謙也さんに向ける部長。
それをただ見ることしか出来ないんだ、何か境界線が有るような気がして。
でも、本当は踏み込むのが怖いだけなのかもしれない。

「えらいえらい」

そう言って謙也さんは、少し馴れない様子で遠山の頭を撫でる。

「なんや親子みたいやなー」

「ええやろー」

「……」

醜い、醜い、醜い。
この会話を聞いて嫉妬している自分に、中学生にもなって子供じみた感情を引きずっている自分に。
お気に入りの玩具を取られたように足掻く子供のように、今なら足掻いくのも良いのかもしれない。
愚かにもそう思う。

「どうしたん?財前…?」

先程から黙っていた俺を、心配そうに俺の表情を見つめる謙也さん。
声をかけられた事により意識は完全に謙也さんへと向けられた。
その時、部長が少し面白くなさそうな表情をしたのを見た。
内心、したり顔で笑ってしまう。

「あ、嗚呼。何でも無いっすわ」

謙也さんには、まだ関係ないから。

でもいつかは、

「そんなら、ええんや」


部長から引き離して俺の腕の中に引き込んでみせる。
前は謙也さんを譲ったけど今回は譲る気は既に一切しない。
宣戦布告といこうじゃないか。





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10/06/10

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