白石という人物に答えを聞こうと話し掛けてから数分。
やっと理解したようで何故だか包帯を巻いている手で、頭を抱えていた手を離し意を決したような表情で俺を見た。
少しだけ、その表情にたじろいだ。
本当に少しだけ、ほんの少し。
決してヘタレではない。
「知り合いだったで、…友達。クラスメートで、部活も一緒」
「そうやったん」
「記憶喪失っちゅー事は、俺のこと覚えてないんやろ?」
「…ごめん」
「謙也のせいやあらへん、せやから謝らんで」
「……おん」
記憶もないのだけれど、白石の第一印象はただのイケメンだと思っていた、たまたま見たから立ち寄ったのかと思った。
でも実のところそうではなく、イケメンに優しさを加え、友達だったらしい。
本当に嫌になる。
何にも覚えていないのだ、真っさらな記憶。
靄がかかって誰が誰かなんてわからない。
名前すらも思い出せないのだから。
「早う元気になってや、皆、待っとるから」
『皆』とは誰だ。
クラスメートか、部員か、はたまたそれ以外なのか。
わからない。
考えれば考えるほど、頭が痛くなるような感覚がするため中止する。
「……」
「?…あ!しもた、すまんなぁ…皆言うても分からへんよな…」
「い、いや」
「俺の不注意やったわ、ごめん」
「謝らんでえぇのに」
「悪い事を言うたんや、謝るのは当然やん」
「偉いやっちゃ」
正直な感想だ。
別に悩んでいただけで、カンに障るような事は一言も言っていない。
なのに、素直に謝れるのだから、すごいと正直に思える。
「そう言われると照れ臭いわ」
「白石くん、」
「あ、それ止めてや。普通に白石でええ」
「…おう。し、白石、でええの?」
「OKや」
俺にとっては、初対面の人に呼び捨てするのは、何だか気が引けた。
けれど、出来る限りなら元の呼び方で呼ぶのが、精一杯の俺にできることなのだから。
「また、見舞いに来てもええか?」
「へ?」
「せやから、見舞いにまた来てええ?」
「断る理由があらへん。せやから、ええけど」
「おおきに」
なぜ、白石に礼を言われたのかさっぱり分からなかった。
むしろ、言うのは俺なのに。
さきほどから、白石のとる言動に疑問をもつ。
「また来るわ、今日は此処で」
「おん、ありがとうな」
「気にせんで、それじゃ」
白石はテニスバックを背負うと、ひらひらとこちらに手を振って俺も手を振り返し、白石は優しげな笑みを浮かべたまま病室から出た。
「わっからんわ…」
本当に白石がまた来るかも分からない。
これから自分がどうなるのかなんて、分からない。
自分が思っているよりも、幸せな未来かもしれない。波乱な未来を辿るかもしれない。
あまり信じてはいないけれど、もしも、もしも神様がいるのならば、出来る限り幸せな未来を下さい。
そう思いながら、窓越しの日が暮れ真っ赤な空を見つめた。
拳をにぎりしめながら。
夕陽差すこの部屋で
10/04/19