欠けた月は僕を笑う


目が覚めたら見覚えのない天井ともちろん見知らぬ医者と看護婦が見えた。
心なしか医者と看護婦は目が覚めた俺を嬉しそうに表情が変わった、そんな気がした。
起き上がろうとするも医者と看護婦に止められ、起き上がろうとした時、体中がずきずきと痛む。何より頭が痛い。
頭部に両の手で触れてみると髪の毛ではない何かが巻かれていた。多分、じゃなく絶対、包帯が頭にぐるぐると巻き付かれている。
これで理解した、俺は何らかの形で事故に遭ったのだと。

「どや、気分悪いか?」

「別に…ただ、体中が痛いんは…」

「事故に遭ったんよ」

質問は医者がした。
俺が質問したことには看護婦が答えた。
取り敢えず、事故にどうして遭ったのか経緯を思い出そうと試みる。
でも、学校に居る人にしても人の名前が全て思い出せない。
帰り道、誰と帰っていたのか。
誰を庇って事故に遭ったのか。
俺の記憶には人に全て、靄がかかっていた。
家族も思い出せない。
一人っ子なのか兄弟がいるのか、はたまた天涯孤独の身なのか。
名前は分かる、俺は忍足謙也。
なのに…没落していた記憶が。

「後遺症…が残っとんねん、自分で分かるか?」

それはそれは辛そうに医者が言った。
まるで我が子に伝えるみたいに、俺は理解したくも受け止めたくない気持ちでいっぱいで眉間に皺を寄せながら一度だけ頷いた。

「記憶、人の…記憶ないねん。たぶん記憶喪失なんやろ?…俺」

「おん、流石や」

「は?」

「教えたるわ、お前の父親と母親は俺達や」

「いきなり過ぎひん?」

記憶喪失をあっさりと認める医者に唖然とした、ついでに簡単に俺に医者は父親で看護婦は母親だと告げた。
その時初めて俺は知った、医者…じゃなく父さんに俺は事故に遭い記憶喪失になったのだと、しかも人間関係だけ抜け落ちてしまった、と。
別にショックは受けなかった、むしろ納得したくらい。
自分の記憶には抜け落ちている所が有ると既に理解していたのだから。
それと看護婦…ではなくて母親が言った通りでそらそうや、と思った。
こっちからしたら重要なんに、あっさりと言われてしまっては、こちとら反応しにくい。

「あんたら…二人が両親なんか」

「せや、弟とイグアナもおるで」

「イグアナ?!」

「そのイグアナ、謙也が大事に育ててん」

「本人が驚いてるみたいやけどな」

驚いた自分にそんなペットがいるということに。しかも、大事に自分がそのイグアナを育てているということに。
世の中いくらでもペットとなりうる動物はいるだろうがイグアナとは、驚きは隠せなかった。
自分の事なのにもかかわらず、物好きだと思ってしまっった。
多分おかしな反応ではないはずだ。

「謙也に会わせたい人がおんねんけど…」

「なら呼んでくれへん?」

「おう」

父親なのだと理解すれば軽い口調でそう言った。病室から父親と母親が出ていくとはっきりとは聞き取れないが、父親と誰かと離している。母親は仕事に戻ったのかもしれない。
それから無意識にそっちに耳を傾けていた俺はギギギと不愉快な音をたてながら開いていく扉の方へと視線を向けた。
そこに居た人物は俺にとって見知らぬ人物で、テニスバックを背負い同い年のように見えた。それと端正な容姿で、このような人物と知り合いだったのかも、と疑問を抱きつつ考えていた。
だから、質問した。

「あの、申し訳ないんやけど…どちらさん、ですか?」

そう質問すれば、相手は俺から見てとても驚いているように見えた。

「?!……はじめまして。俺は…白石蔵ノ介言うん」

「は、はじめまして」

相手がはじめましてと言うものだから、つられるようにして自分もはじめまして、と言った。

「そのー…白石さんは、俺の知り合いだったん?」

「は?」

「いやいや。は?やのぅて」

「もしかして…」

「記憶喪失なんやろ、知っとるから早よ言うてや」

「ちぃと待ったってや」

「別にえぇけど」

予想外だったのか、白石という人物は焦っているような感じだった。


欠けた月は僕を笑う



10/03/26

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