暑い暑い夏。
ここ最近鳴きはじめた蝉の羽を擦る音を五月蝿く感じ、それをBGMにしながら、彼のペットの話を延々と聞いている。
いや、流石に飽きた。
本当に、本当と書いてマジで。
自分もペットのイグアナのスピーディーちゃんの話ならそりゃ、幾らでも話せるが幾ら何でも久方に遊びに来たら、「なぁ、聞いてや!」と始まって今に至る。
近頃は愛猫のエクスタちゃんだけに関わらず、なんとカブトムシのカブリエルと来たものだから驚いた。
しかも普通は、冬を越えることの出来ないカブトムシを越冬させようとする勢いなのだから、もう手の施しようがない。
「……そんでな、カブリエルが、」
「なぁ、白石」
「何や?」
「帰ってもええ?」
「何でなん?」
いやいやいや、そりゃお前に原因があるんやけどな、ここでは言わへんよ。
俺、優しい。
本当は寂しいだとか、本当は少しくらい何らかの形で構って欲しかったとか。
そんな訳じゃない、決して。
「じゃ…帰るわ」
「え、ちょ待ってや…!」
白石の言葉を無視して白石の部屋からそそくさと出ていく。
このくらい、すれば思い知るだろう。
寂しいなんて感情を、押し殺して。
その時の白石の表情なんて、自分に精一杯の俺が知る由も知らなかった。
勿論この後に起こる事も、含めて。
****
日も傾き始め空が赤く染まり少し空気も冷え始めたころ、俺の頭も冷え始めていた。
「はぁ…。何であないな事言ってもうたんや…」
今更ながら後悔しても後の祭りとはこの事で、大好きなカブトムシのカブリエルの話に夢中になっていた白石。そんなカブリエルにお熱な事に、幼い嫉妬をしていた。
「にゃー」
ふと声のした方へと目をやった。
野良猫にしては珍しい毛並みの美しい猫だった。どこかの家の飼い猫だろうか、きっとそうに違いない。
猫にはそこまで詳しくない為、種類など検討もつかないが、すらりとした体躯で茶色の毛をした猫。
毛色が白であれば、白石の愛猫のエクスタと同じような感じがする。
「ええよな、自分は」
猫の前でしゃがみ込んだ。
不思議とその猫は逃げようとしない、それに気を良くした俺は猫を優しく撫でた。すると猫は、ごろごろと気持ちよさ気に喉を鳴らした。
「俺、自分みたいな猫になりたい」
「にゃ」
そうしたら、素直で気ままで自由な猫だったなら…良かった。
そうしたら、あんな強がりなんかしないで素直に、構ってほしい、このたった一言が伝えられたのかもしれない。
そう思った瞬間、俺の意識はふと暗闇へと沈んでいった。
****
「お!目ぇ覚ました!くーちゃん、この子目ぇ覚ましたで!」
「ほんまか?!」
目が覚めるとそこは見慣れた、というべきか一時間弱ほと前に居た場所だった。
そして、どアップに映る友香里ちゃんと聞き慣れた白石の声が耳に入った。
心なしか、身長が同じくらいの白石が大きく見える。
気のせいだろうか。
というか、何より何故ここにいる?
「にゃー!?」
今更ながら驚いて、きちんとした言葉で言ったつもりの言葉は、何故か鳴き声となってしまった。
体を見たら、何処もかしこも猫の肢体で、声も猫そのもので。
今、自分に起こっている事は非現実的な物で、全てが全て認めざるしかない事態で。
今更だが友香里ちゃんは、俺の事をこの子と言った訳も分かるわけで。
でも、やっぱり認めたくないわけで。
「元気みたいで安心したわー」
優しい手つきで俺の頭を撫でる白石。
「ほな、くーちゃん。その子任したでー」
そう言うと友香里ちゃんは、部屋から出て行った。
「おう」
「にゃあ!」
友香里ちゃんが部屋から出るとまた俺の頭を撫でようとする白石に、威嚇するように毛を逆立て離れた。
「そないに、警戒すなや。何も怖い事はせぇへんで?」
「にゃー…」
そうやって手招きする白石に怖ず怖ずと近付く。
気を良くしたらしい白石は笑顔を浮かべ、俺の腹を両手で抱え、ふわりと宙に浮いたならば少し硬い白石の膝の上に降りていた。
「ええ子やな、自分」
また、頭から背中を撫でる。
素直に、心地好いと思った。
ただ、猫という事態を除いたなら。
「俺な、大切な奴がおんねん」
体が小さく跳ねた。
「そいつな、めっちゃ眩しいねん。いつも笑ってて、裏表無くて、スピード馬鹿で、俺な、」
スピード馬鹿という所で、自分の事を言われたというのが分かった。
聞き捨てならない台詞が有っても聞き逃そう、今回だけ。
言葉の続きが気になった。
「めっちゃ好きやねん」
心臓が跳ねた。
猫の俺に言っていて、話の内容は人間の俺の話で。
こんなに、俺が思っている以上に、俺の事を想っているなんて知らなかった。
本当に嬉しい。
尻尾がゆらゆらと揺れ動く。
「にゃ」
「ん?何や、嬉しい事でも有ったんか」
そうだ。
今、伝えたくて仕方ない。
俺も白石が好きだと。
同じ気持ちだと。
「にゃーにゃー」
待っていて、いつ戻るか解らないけど、人間に戻ったら直ぐに、抱き着いて、伝えるよ。
心からの、「好き」という言葉を。
例えば声が届くところで10年11月22日UP 企画提出