部屋に通された後、いーくんに水を出される前に持参したペットボトルのお茶と紙コップを2つ出してみた。
そう簡単にいーくんのペースに持ち込ませてはあげられないのだ。
「…うん。そういえば確かにこんな感じだったよ、君とは。」
いーくんは少しつまらなそうに言う。
無為式。自分がそうだといーくんが理解しているのかも、実際知っていて認めていないだけなのかも知らないけど。
存在そのものが罪なんて悲しすぎるじゃないか。
私は"作られた"存在だから、いくらいーくんの凸凹を埋められる唯一の存在だとしても限りがある。だけどね、あえてこうやっていーくんのペースを乱すことで少しでもいーくんが、いや、彼は気にしていないかもしれないから、いーくんの周りが幸せになれたらと思っているんだ。
意識は無為式に適わないのかもしれないけれど。何もしないで後悔だけする馬鹿にはなりたくないから。
「それで朔羅ちゃん、」
「琴織。」
そう訂正を入れるといーくんは困ったような顔をする。
そういえばいーくん、名前がたくさんある人間は苦手だったっけ。
「琴織ちゃん。えーと。零崎の妹になったって?」
「うん。零崎の血も私には入ってたし。後天的に家族に入れてくれるのは多分零崎くらいだろうし。」
「家族が欲しかったの?」
「少しね。レン兄…最初に会った零崎が優しかったから。」
「ふぅん…」
もともとあまり他人に興味のないいーくんだから、質問が浮かばないらしい。そもそもいーくんは私より真心の方が仲良かったしね。
ER3システム。
私はそこで生まれ育った。あの研究者たちが私を使って「実験」とか「検査」とかの新しく試したいことがあるとき以外は自由に動けた。当時教授陣が噂していた"いーくん"に興味を持って会いに行ったのが始まり。
いーくんと真心は仲がよくて、二人とも暇なときは構ってくれた。
真心が実験体として連れていかれて、いーくんも中退しちゃったから私はすごくつまらなかった。
だから、本当は"放り出された"っていうのはあんまり正しくないんだ。
暇すぎて勝手に出てきてしまった。
まぁ研究者たちが私に飽きてたのは事実だし、あのままあそこにいたら多分処分されていた。だから、うん。監視役っぽい人を数人零崎しちゃったのは正当防衛だよね。