随分遅くなってしまった。秋の日は傾き、海を橙に染めている。
可愛い性格じゃなくてごめんね、虎次郎。でもこんな何でもない日に、会いたくなった、そんな理由で会いに来る方が私らしいと思うんだ。
「虎次郎ーっ、ひさしぶり!」
「、葵っ!?」
冷たくなりつつある海で夏を名残惜しんでいたのだろう見知ったメンバー。その中で楽しそうに笑っていた彼が、弾かれたように駆け上がってくる。
「どう、したんだ?」
「別に。ただ、会いたかったから、会いに来たの。」
絶句してから照れたように笑う、"王子様"。
あぁ良かった。困ったりしないでくれて。
せっせと砂城づくりに忙しむ六角中テニス部を見下ろして、並んで座る。
世間話のネタも尽きたあたりで心情をほんの少し、吐き出した。佐伯はちょっと驚いて、優しく笑う。この安心できる笑顔が、好きなんだ。
「確かにもうちょい構ってくれても良いのに、って思ったりもするけど…あぁほら眉間にしわを寄せないの。でも葵がそうやって俺のこと考えてくれてるの知ってるし。今日みたいにいきなりサプライズしてくれたりするし、充分だよ。」
本人が良いと言っているのだから納得するべきなんだろうけれど、何かしっくりこない。それが顔に出ていたのかどうか、佐伯は苦笑すると立ち上がり、自分のバックから何やら箱を持ってきた。
爽やかな夏の海の色の。
「開けてごらん。」
「うん…?おー、綺麗、だねぇ。これは…錨?」
入っていたのは錨モチーフの、濃いエメラルド色をしたペンダント。
「そ。誕生日にでも渡そうかと思ってたんだけどね。」
するとこれはプレゼントなのか。見惚れていると佐伯が優雅にそれを手にとり背後にまわる。
ひやりとした感触が肌を伝った。相変わらずキザな動作が様になる、と思っていると目前に戻ってきた虎次郎の視線に縫い止められる。
「女の子にばっかり考えさせる訳にはいかないよ。これは、俺の錨だ。」
す、と長い指がペンダントを指差すのが分かった。視線は、そらせない。
「葵がこれをつけてくれている限り、俺は葵に縛られるってこと。俺は、それを望む。」
また、この笑顔。
束縛を好む彼が自ら私を拠点とすると言う。
これからはこの微かな重みが佐伯を思い出させてくれるのだろう。
だから。
「虎次郎、やっぱり私、貴方が好き。」
微笑む佐伯の姿がしっかりと、私の心に仕舞われた。