稲荷を三つ。
日付も変わって一刻も経とうという時刻、彼女は現れる。
買うものはいつも同じ。
稲荷寿司を三つ。
肌寒いときはおでんを買うこともあるし、一緒にチョコレートなんかを買っていくこともある。
仕事帰りの若い女性が、夜食を買っていく。
現代日本ではそう珍しくもなくなった光景である。
帰り道には十分気を付けてほしいとは思うものの、それだけのこと。
ここがただのコンビニならば。
コンビニたそがれ堂。
心からほしいものがあるものだけが辿り着き、それがどんなものだとしても手に入る、魔法のコンビニ。
ただ一度きり。
あとから礼を言いにくることもできない。
しかし彼女はやってくる。
稲荷寿司を買いに、ほぼ毎日。
「キツネのお兄さん。」
「…え?」
もしや、神仏の類なのだろうか、自分と同じ。
そんなまさか。
「なぜ、キツネです?」
そんなに目は細くないですが、と笑う。
不意を突かれたことを隠すように。何から?
「いつも、お稲荷さんが美味しいので。」
ふわりと笑う。
桜のようなヒトだと思った。
「お仕事、おつかれさまです。いつもありがとう。」
「貴女も…いつも遅くまでおつかれさまです。」
「ふふ、ありがとうございます。」
いつか、もっと多くの言葉を交わすようになるのだろうか。
それとも、これきり彼女はやってこなくなるのだろうか。
彼女の出て行った扉から、春の夜風が頬を撫で、銀の髪を遊ばせる。