「くーちゃん。」
「なに?」
疲れちゃった。
そう言葉にすれば良かった。やさしい彼は、私がそう呟けば慰めと励ましの言葉、それから暖かい抱擁と口づけをくれるとわかっているのだから。
それでも言葉にしたくなかった。
もたれた背中、外国人特有の広いその背中が陽だまりの猫のように暖かかったからでもある。
ただそれ以上に、形にせずとも伝わってほしいというわがままの方が大きな原因だった。
そんな甘えた考えの自分が嫌いで、でも直そうという気にもなれなくて、こんなふさいだ気分になっているのに。
あきれて、嫌になって、しかしそれでも、自分のその「だめなところ」を心の底から嫌いなのか、何としても直さなければいけないとも、思えなかった。
「お疲れさんなん?」
「ん、むぅ。」
ほら、わかってくれる。すごくすごく嬉しくて、でもこうやって結局クリスのやさしさに甘える自分を素直に受け入れることにも抵抗があった。なんて面倒な人間なのだろう。
だめ、なんだろうか。きっと誰にも、迷惑はかけていないのに?
自分一人で空回りして、落ち込んでいるだけなのに。
あぁ、それがすでに迷惑なんだろうか。
おひさまみたいにキラキラのクリスには、彼にはもっと笑顔の素敵な、透明なおんなのこが似合う。
彼に見合う恋人であるためには、じゃあやっぱり私はもっと大人にならなきゃいけないんだろうか。
なれるだろうか、キラキラに?なりたいのだろうか、そもそも。
「お疲れさん。よう頑張ってるもんなぁ。」
なんて優しいんだろう。やさしい。とっても。悲しくなるくらい。
髪を撫でてくれる手も暖かくて大きくて、胸がいっぱいになる。
「ううん、くーちゃんのが頑張ってるでしょう。お仕事、本当におつかれさま。」
本心からの言葉なのに。本当にこのひとを労わってあげたいのに。
でもその本心とやらは、100パーセント純粋なものなんだろうか。
もっと私を労わって。慰めて。励まして。頑張ってるって、言って。
そんな打算が一切ない、クリアな気持ちだろうか。
「どっちが、とか、そんなんあらへんよ。葵ががんばってるんも、僕ががんばってるんも、別々に大切なことやんか。」
「でもな?」
キラキラの瞳が、私の顔を覗き込む。
私の中にもお日様の光が満ちていく。
「きみががんばってるって思ったら、ぼくはもっと、もーっとがんばれるんよ」
ふわり、ふわり。
優しい言葉を紡ぎながら、やさしく抱きしめてくれる。
「だから、無理だけはせんといて。
きみが笑ってくれるだけで僕はもう、しゃーわせなんや。」
「ね?」
どこまで、やさしくてつよいひとなんだろう。
私も。
私もこのひとのためにもっとがんばりたい。
もっと笑っていたい。
クリスに笑ってもらうために。
クリスががんばれるように。
時折二人で、がんばったご褒美においしいものを食べたり、きれいな景色を見に行ったりするために。
ぎゅう、と抱きついた。
「くーちゃん、ありがとう。私もクリスがいるから、がんばれるよ。」
「どういたしまして。そしたらもうひと頑張りするために、甘いもんでも食べにいこか。」
「…うん。」
「何、わらっとるん?」
「ふふ、何でもない。私の恋人が、あなたで良かったと、思って。」