「空が見えるかい?」
頭が重い。風は生暖かく肌を撫で、世界のすべては気怠く倦んでいるようだった。
優しいけれど力のある声は、いつものようにすっと耳に入ってきたのに、その音はしばらく意味をなさなくて。
「葵、ねぇ。空が、みえるかい?」
心がさざ波だった。
ダメ。
この声にもし、苛ついてしまったら。そんな風に最後の砦が崩れてしまったら。
私は私でなくなってしまう。
世界はぼんやりと暖かいというのに、体の芯は冷え切っているようだった。
「大丈夫。」
声が一段と近くなった。空気が軽くなる。
「大丈夫だよ、葵。ほら、空が見えるだろう?」
はっきりとした暖かみを持って肩を抱かれる。
背を押されるようにして、天を仰いだ。
―――ああ、そこに、空はあった。
「スナフキン。ねぇ、空があるわ。」
「そうだね。こんなに雄大で、こんなに素晴らしいものなのに、見ようとしなければ見えないよね。視えているのに見えないもの、というのは、それでも、いつもちゃあんとそこに在るのさ。」
ぼろぼろと、涙が零れた。
嫌なものは全て洗い流されて、優しい風の香りが胸を満たす。
「だからね。たまには肩の力を抜いて周りを見渡してみるのも、悪くないと思うんだ。」