ちゃぷり、ちゃぷり。
あれほど荒れ狂っていた波は徐々に落ち着き、今は静かに彼女の足元で遊んでいた。
見上げれば満天の星。明日はきっと航海日和になるだろう。
静かに目を閉じる。風に乗り賑やかな騒ぎ声が聞こえてきた。我らが赤髪海賊団は今日も元気に酒盛りらしい。
「ライア。」
「…ベック。来てくれたの。」
「日も落ちた。じきに凍えちまうぞ。」
淡々とした言葉はじんわりと心に沁みた。
それは嫌だなと笑った彼女は素直に砂浜へとあがる。
夏島の範囲ではあるのだろうが夜ともなれば気温は下がるのだ。
そんな中で波と戯れていた彼女の長い髪はしっとりと水分を含んでいた。
ばさり。
「わ。」
海からあがった彼女を頭から大きなバスタオルがくるむ。
口の端に浮かんだ笑みはしかし、ライアがタオルから顔を出す前に消されてしまった。
「ありがと。」
「あぁ。」
心地よい沈黙の狭間を波音が満たしてゆく。
バスタオルを羽織るようにして体に巻き付けると、ライアは彼に寄り添う形で海を眺めた。
微かな音がして、弱い光が灯った。同時に薫る慣れ親しんだ香。
煙を吐き出す彼の横顔にしばし。
「どうした。」
「ん、や…似合うなぁと思って。」
「そうか。」
煙草を挟んだ手で顔を覆って笑う。その落ち着いた低音が心地よい。
「海は、広いね。」
再び落ちた沈黙を破ったのはライアだった。
「そうだな。…怖いか。」
その問いを否定しようとして、やめた。自分の指先が、彼の袖を掴んでいることに気づいてしまったから。
「そう、だね。怖い。怖くてでも、惹き付けられる。」
黒々とした水面は絶えず波打ち、じっと眺めているとどうしようもなく不安になる。
平衡感覚が麻痺してくるのだろうか。ぐるぐる、ぐらぐらと意識が拡散していくようで。足元の地面が突如としてなくなってしまうような、頼りなさ。
不意に頭を抱き寄せられた。幼子をあやすかのように触れられて、気恥ずかしさと共に温かい何かが広がっていく。
自分を想ってくれる人の温かさ。それは畏れに縮こまった心を優しく解きほぐしていくようだった。
「ベック。」
「何だ。」
「ひろい海で、私が迷子になったら。そしたら、どうする?」
全力で探すと言ってくれるだろうか。きっと見つける、と笑うのだろうか。
彼は口の端を軽く持ち上げて、
「逃がしやしないさ。」
あんまり自信たっぷりに言うものだから、嬉しいような可笑しいような。
そんな科白に頬が緩んでしまうことがちょっとだけ悔しくて。
答えになってない、と笑えば彼は笑みを深めた。
「絶対に帰ってくるさ。お前の居場所はここだからな。」
その言葉は胸にすとんと落ちた。やはり私は、この空間を愛している。