「なんで、先生は作家になったんです?」

「…いきなりだな。」


久藤が問う。ゲラと呼ばれるそれに目を通していた葵は細い銀フレームの眼鏡をはずした。


「元気がないな、久藤。」

「答えて、くれません?」


そうだな、と呟いて彼女は天を仰ぐ。際立った白い、白い首筋に思わず目を細めた。まったく、本当に文学少女のような容姿をしている。


「自分の思いが、言葉が、形を持つというのは良いものだと、思う。それは、久藤も同じだろう?おまえのソレは、天性だと評判だ。」

「そう、ですかね。僕はあまり意識していないので、よく分かりません。」


生真面目に返された言葉に苦笑する。意識すらされないそれはまさしく才能の塊であろうのに、と。


「葵さん、」

「何だい、久藤。」


不意をついて華奢な腕をつかみ拘束しても、動揺は言葉にもにじまない。
その余裕が年の差からくるものなのか、判断がつかない。その事実すら己と彼女の差を表しているようで、苛立たしい。そんな中、自分の顔は今歪んでいるのだろうなと感じる思考だけはやけに客観的で笑える気がした。


「ものを書いているとね、意外と理性が強くなるんだ。…少し違うな、感情的な自分を客観的に見られるようになる。」

「なぜ、」


仄かに揺れる彼女の瞳の奥をのぞきこむ。求める答えは、そこにあるのか。


「どんな経験も無駄にはならない。それは元来誰にでも当てはまることなのだけれど、作家はそれが顕著だ。挫折も喪失も哀しみも喜びも、すべて作品の資料たり得る。だからどんな感情に出会っても、作品にどう生かすかに考えが行く…」


ぎり、と久藤の掌に力がこもる。それはつまり、葵に向けた自分の激情すら、彼女は冷めた目で分析しているということなのか。


「とな、思っていたんだ。ずっと。もう私は感情のままに生きることは出来ないのだと。それでも良い、と。」

「え、」


ふわり、彼女が頭を久藤の肩に預け、すがるように服の裾を掴んだ手からは小さな震えが伝わる。


「葵さん、」

「久藤も悪いんだ、私がどうにか諦めようとしてたのに」

「それは困ります。諦めなくて良かったと、僕は思ってますよ?」

「…なら、良い。」



あ、今なら壮大なラブストーリーが語れそうです。

そうか、頑張れ。

何言ってるんですか。ご協力お願いしますよ。


にっこりと笑う。



「仕方ないな、おまえの話は好きだから。でも、条件がある。」

「分かってますよ、もちろん。」


「「ハッピーエンドで。」」

 

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