アタシは人殺し失格なんだァね。
はんなりと上品な笑みを浮かべて葵は言った。
「人殺したァ資格持ってるようなもんかい。人殺しァ人殺し。ただそれだけのこったろう。」
「そうさねェ…資格ゥもらってやるような仕事じゃないサ。けれどさ、ほら。あの山崎サンみたいなお人ならこう、ねェ。」
「はぁン。」
何となく言いたいことァ分からんでもねェな、と又市は受ける。
仕事は仕事と割り切って構える山崎という男は、腕はもちろんその根性が見上げたものだった。
「おめェもあんな風になりてぇってかい。」
「どうかねェ。アタシはこっちで生きると決めたから…」
「ならそのままで良いじゃねェか。」
「大体は良いンだけどねぇ。アタシだって弱くなるのさァね。」
ふ、と疲れたように吐息をついて瞼を閉ざす。
強い女だと思っていた。この時勢に好かん男とは添えられぬと屋敷を飛び出し。そこいらの男に売れるような安い躯じゃないんだよと突っぱねて。
「弱ェな。」
「弱いサ。なんたって微温湯で育てられた姫さまだもの。」
喉をならしてクックッと笑う。
「どこが姫さまだァね。おめェみてぇなんはお転婆ってェんだよ。」
「知らいでかィよ。ただ、アタシみたいなんは…」
ただの阿呆だよゥ、とでも続くはずだったのだろうか。
「何のつもりだい。」
葵の白い指が更に白い又市の装束の端を遠慮がちに掴んだ。
視線は、交わらない。
「明日の仕掛けまでにはちゃんと、いつもの私に、戻る、から…」
愈々弱りきったのだろう。口調まで何不自由なく過ごしていたころのものに戻って。年相応の表情で眠りについた。
無意識に又市の手は葵の髪を透いていた。己の行動に気付いても不思議と苦くは思わない。そうすることが当然に感じる。
「この時分だ、御行も店じまいよ。」
久方ぶりに穏やかな心持ちで目を閉じる。
世間を人を、八方まとめる大仕掛けまで、あと数刻―――。