この世界は気詰まりだ。


「何なんですよ、あのイキモノは。」

「おやおやおや。折角僕が懇切丁寧心を砕いてお節介にも優しく厳しく口を酸っぱくしてご忠告してやったというのにその甲斐もなく―――会ってきたんだね?何故わかるかって?まだ何も言ってないだろうって?自明だよ明らかだよこの上なく明確に決まっているじゃあないかそんなの。"自称人間好き"の葵ちゃんがそんな顔をしているんだからさ!」


立て板に水を実証する使命でも背負っているのかのように捲し立てた病院坂黒猫の瞳はしかし、軽い口調とは裏腹に、揺れていた。


「…ん。まぁ、だって。仕方なかったんさ。」

「仕方ない!?」

「そんなに目を剥かないでな。私もきっちりしっかり後悔と反省してるんよ。」


彼女は嫌味な程長く深いため息をつきながら乗り出した身をひいて座り直した。


「会ってしまったものは仕方ない、か。しかしねぇ。」

「むむ。うん。くろね子さんの見解にも迷路くんのバックアップくんの意見にも余すところなく賛成しよう。アレはもう人間じゃない。人でなしで、怪物で、化け物だ。」


本当に病院坂の家系じゃないのかい、と冗談一割九割本気で問いかければ珍しく自信薄に違うはずだけれどね、と返ってくる。


「傍系どころか本筋どころか本家本元、病院坂の教祖であっても信じようよ、私は。」

「全く葵ちゃん、君は病院坂を何か勘違いしてやいないかい?そうでなくても僕は僕の原型がアレだなんて思いたくもないよ。」


半ば本気、全身全霊かけて否定されてしまった。これ以上ふざけると機嫌を損ねてしまうかもしれない。実際そうなったところで直すのも簡単なのだけれど。


「しかしそろそろ葵ちゃん。君の専売特許、人間好きの看板は仕舞い時じゃあないのかね?」

「いきなり何を言うね、くろね子さん。」


無意識に逸らしてしまった視線をまずいと思うも時は遅く、にたりと笑ったくろね子さんに指摘をされる。


「僕は人間が嫌いだ。何を考えているかわかったものじゃないからね。その方式でいくと僕は君のことも嫌いなはずなんだよ。しかしそんなことはない。君が考えていることがわかるわけじゃあないけれどね。僕にとって例外なことに、人類にとって意外なことに、僕は君がどう感じているかは解るのさ。」

「…へぇ。」

「君は。全てが嫌いだ。違うかい?」


すぃ、と猫目が細められる。真実を見極めるべく、我が心を見透かすために。


「当代随一の博愛主義者をつかまえて何てことを言うよ、くろね子さん。」

「はっ。博愛主義者ぁ?ああそうか確かに間違いないね君は世界を愛してる。人間を愛してる。真実を愛しているし虚構を受け入れている。しかし。しかしだ葵ちゃん。僕を騙せるなんて思うなよ。君は個人が嫌いで相手が嫌いで自分が嫌いだ。そうだろう?」

「…私以上に私をわかってくれる人間は好きさ、くろね子さん。私が私を理解する手間を省いてくれる。」


「そうかいそうかい。そりゃあ良かった。僕も嫌いじゃないよ。むしろ好きさ様刻くんの次くらいにね。」

「しかし順位は11位くらいかな?」

「よくわかっているじゃあないか。勿論トップ10は様刻くんで埋まってしまっているからね。」


意味のない会話、意図のない会話。しかしそれはだからこそ普遍でありふれていて人間的だ。


「そろそろ落ち着いてきたかね、葵ちゃん?」

「んん。自分が地球を蹴飛ばして生きていることを自覚できるくらいにはなったんじゃないだろうかな。」

「それは僥幸、完璧だ。」

「時間をとらせてしまってごめんだね、くろね子さん。」


死にかけたときはお互い様さ、と笑いながら彼女は立ち上がる。


「しかしもうアレとは出会いたくないものだ。」

「噂をすると影がさすのさ、葵ちゃん。もう何も考えないことをおすすめするよ。さて、僕は愛すべき友人に会いに行こうと思っているんだが、君はどうする?」

「そうだね…ついて行こうかな。」


もうあんな厄介危険極まりない化け物は封印してしまおう。永遠に永久に。
そして会いに行こうか、日常に戻るべく。あの安定した、まともな狂気に。
 

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