渇いている。そう思った。

だるく重い身体をひきずるように起こしてコップを手にとる。冷蔵庫の光は弱った身に厳しく、目を細めた。


「無理。」


麦茶もジュースも受付けられる気分じゃない。蛇口にかけた手がすがるようで情けなくなる。ひねる手はまるで他人のもののようで。視覚と意識が切り離されているかのような奇妙な感覚。どうにか注ぎ終えた水を煽る。

何なんだ、もう。
物理的な渇きが癒されたことでより対照的に浮かび上がる渇き。

倒れこむようにしてソファに横になった。











鍵が外される音で目が覚めた。ぼんやりと空中を眺める。白々と照らされる壁というのはなぜこうももの悲しいのだろう。

ドアが開き、閉まり、鍵のかかる音。自分を守る為に瞼を下ろした。


「葵?気分はどう?」


口を開くのも億劫で唸り声を返事にする。

くすり、と不二らしい上品な笑い声。

気配は正面にやってくるけれど、まだ目を開く気にはなれない。

ひんやりとした手が額でしばしとどまり、熱はないね、と呟いてから優しく頬をすべる。

その一連の動作は私に、目を開くだけの力を与えるのだ。

相も変わらず優しく細められた瞳。色素の薄い髪はひどく柔らかそうで。

戯れに差し出した左手はしっかりと絡めとられる。


「周。」

「なんだい?」

「…別に。」


自分でも意味が分からない振る舞いをただ、彼は受けとめてくれるから。


「あのね、」

「うん?」


無理矢理上半身を起こす。身体を不二へと寄せてみれば、察しの良い彼は黙って抱き寄せてくれた。

ふ、と息が漏れる。肩の力を抜く。脱力感ばかり感じていたというのに、身体には随分と力が入っていたらしい。

とくり、とくり。

愛しい人の心音に包まれる。これだ。


からからに渇いていた大地に甘い雨が染み込んでいく。ささくれだった心が癒されていく。

生きるのに必要なだけの潤いが与えられ、ハリネズミよろしく逆立っていた防御壁が崩されていく。


「あのね、」

「うん。」

「サボテンになった夢を見ていたのよ。」

「ふふ。それは面白いね。」


全てが優しい。ああやっぱり、私はこの人が好きだ。


「周はサボテンを育てるのがうまいわ。」

「サボテンが強いのさ。」

「絶対に、枯らさないでね。」


何かを、感じとってくれたのだろうか。約束するよと笑った瞳は、ただただ真っ直ぐ、私を見つめていた。
 

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