キャラメルカフェラテ下さい。
普段より一オクターブ高い声が響く。猫かぶりが好きな奴だと心の中でだけ呟いてホットコーヒーをひとつ頼む。いや、こいつの場合は緊張しているのか。
インスタントでも構わないけれど、丁寧に淹れられた店のものもたまには良いかもしれない。
「お前はそればっかだな。」
「せんせーだっていっつもコーヒーじゃない。」
せんせーがカフェラテ飲んでたらちょっと面白いかも、と独り言。相も変わらず平坦な調子のソプラノ。
正しく表現するならせんせぇ、の音。そこに文字で表現された百分の一も可愛いらしい響きはないのだけれど。ただただ無機質に、火村の呼称以上の役割など期待していないとでもいうような。
「泡が良いの。」
「は?」
脈絡のない話し方には慣れている、だからこの反応は相槌に近い。
「甘くて、ふわふわしてて。優しいでしょう。」
心なしか目を伏せて呟くように。救いようもなく寂しそうに、幸せそうに。
不思議な人間だと、火村は思う。女だとも子供だとも思わない。そもそも矢崎葵は火村の教え子ではないのだし。
ただの飲み物を優しいと言い奇妙な茶会へ火村を連れ出して。
「幸せをこの手で、包みこんでいるような気分になれるの。」
血の気を感じられない白い手が壊れ物を扱うようにカップを包んでいる。幸福な生い立ちではないだろう彼女が発するからには、その言葉は見掛け以上に重い意味を含んでいるのだろうか。
「そりゃ良かったな。」
「…うん。」
アリスみたいな奴だったら気をつかうのかもしれない。そして少しだけ気まずくなって、少しだけこいつは、寂しくなるのだろう。
だから。
ふ、と火村は上方を仰ぐ。不覚にも居心地が良いと感じてしまうのはやはり、彼女と己が同類だからか。
もう少し付き合ってやるのも悪くない。もう少しだけ、このぬるま湯のような空間に浸っているのも。
「昼飯でも、食いに行くか。」
淡いその笑みを、壊さずにいられるのなら。