頁をめくる音、遠くから子供の遊ぶ声。しんとした。


れん、と柔らかい声が響いた。背筋を伸ばして姿勢良く椅子に腰かける柳の首に腕が回される。


「なんだ。」

「はっぴーばーすでぃ、だよ蓮二。」


目の前に現れた白い箱。中身はケーキで間違いない。柳蓮二の頭脳データベースなど呼び起こす必要もなく分かる。わからないのは。


「俺の誕生日を葵がきちんと覚えている確率、」

「百パーセントっ。」


ふむ、柳は考える。自分の誕生日にはかすりもしない今日、誕生日ケーキが差し出された意味を。

読みかけの本は栞が挟まれ丁寧に机の上へ。長い指は唇をなぞる。

その間も腕は絡められたまま、白い箱は控えめにぶらぶらと弄ばれていた。

ふいに緩い拘束が解かれ、箱の代わりに葵が現れる。

じぃ、と見つめてくる彼女の目を見返して、淡くわらった。


「降参、だな。白旗代わりに紅茶でも差し出すとしよう。」


立ち上がりながらそう言えば、葵は嬉しそうに頷くのだ。






「それで、」


美味しくケーキを食べ終わり、柳が問う。旬の栗を使ったモンブランは絶品だった。

紅茶を底に少し残してカップが置かれる。


「金木犀がね、良い薫りだったの。」

「ほう。確かにな。」


あの小さく可愛らしい花を手のひらに乗せ柔らかくわらった葵を見たのは昨年のことだったろうか。金木犀の傍を通る度、幸せそうに目を細める彼女を見てはこちらも和んだものだ。


「だからね、幸せだったのよ。」


相槌を打ちながら柳は笑みを浮かべる。体質か性格か、幸せだと言っては笑う幼子のような素直さが気に入っているのだ。


「幸せだったからね、蓮二を思い出したの。」

「それは光栄だな。」

「だから。」


だから今日は、生まれてきてくれた蓮二に感謝と、おめでとうの日だと思ったんだよ、と。


「お前は飽きないな、葵。」

「楽しい?」

「あぁ。葵の考えることはいつも俺には予想がつかないよ。」

「それは、光栄、だ!」


きゃらきゃらと笑う彼女が愛おしい。


「俺もその考えに乗らせてもらおうかな。」

「うん?」

「ハッピーバースデイ、葵。」


幸せだね
幸せだ。
二人笑い合えるこの瞬間が。
出逢えて良かった。
生まれてこられて、君が生まれてきてくれて、

好きになれて、本当に良かった。
 

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