私が初めて彼女に会ったのは数年前のことである。
フィールドワークと称した犯罪捜査を終えて帰ろうとしたとき。
「…」
「どないした、火村。ぼーっとして。捜査疲れか?」
「いや。見知った顔に思わぬところで会うとなかなか、な。」
常に見ぬ戸惑いの色を彼の顔に見つけて、好奇心が命ずるままに火村先生の視線の先を探す。
トレードマークのおんぼろベンツ…の前に少女がいる。多分女性といえる年には達していないはずだ。
…と私が解析している間に彼はずんずんと歩み寄って行ってしまう。
「お久しぶりです、先生。」
「ああ。…何故いるんだ?」
笑顔ではあるのになぜか暖かさが感じられない。彼女くらいの年齢には珍しく真黒な髪は長くまっすぐと伸ばしてあり、抜けるように色白な肌と相まってどこぞの日本人形のようだ。そこらへんの雑誌に載っていても不思議でないほどに可愛らしい。
しかしだからこそ、犯罪科学の助教授との関係が…いや。普通に生徒と考えるのが自然だ。二人の雰囲気がどこか浮き世離れしていたせいか正常の思考ができなくなっている。
「んー…特に?」
「はぁ、またか。まぁ良い、乗れ。」
「有り難うございます。」
また?引っかかるがあの火村が他人を乗せるというのもなかなかにレアではなかろうか。しかも少女とは。
「何してる、アリス。お前も早く乗れ。」
「え?いやだって…」
「他に足があるんなら無理にとは言わないがな。」
なんとなく気まずいが、ここに置いてきぼりされても困る。
彼女は後ろに乗っていたので、私は助手席に。
「で?」
「なんだ。」
ぼんやりと景色を眺めている少女をミラー越しに見て説明を促すが芳しい返答が得られない。
「いやいや。何者なん?その嬢ちゃん。ゼミの生徒さんか?」
「いや…」
「有栖川先生、ですよね?」
「え、ああ…せやけど。」
「作品拝読させて頂いてます。お名前素敵ですね。」
脈絡が分かりにくい話し方をする。誉められたはずなのに発音が平坦なおかげで素直に喜ぶことができない。皮肉げでもないところを見ると感情に波が少ないのはデフォルトらしい。
「えっと…ありがとう。」
「私、矢崎葵と言います。以後よろしく。」
「ああ…葵ちゃんは火村先生とどんな関係なん?」
「関係…顔見知り?」
「どの口が言うんだ。」
不機嫌でない彼のツッコミは新鮮だ。対して葵は薄く笑って言い直す。
「じゃあ、同じ穴の狢、ということで。」
助教授は苦く笑っただけだった。