身が削られていくようだ。雨垂れはただ静かに、しかし確実に私の体温を奪ってゆく。
「消せば、良いのかしら…?」
独りごちた。ひぃ、と声にならない悲鳴が煩わしい。
対象に目をやることもなくそれを絶つ。脆い。
自分で為したその行動にすら苛立ちを感じた。ヒトが脆いなんてずっと知っていたのに。
化け物、と叫ぶ声がした。聞き慣れたはずのそれに違和感を覚える。こちらに向かってくる罵倒ではなかったから。
「おや、これはこれは…何と美しい、汚れた魂でしょう!」
心地好い低音が冷たい熱を孕み、拡散した意識を呼び止めた。
「明智、光秀…?」
なぜここに。いや、それよりも。
自分の身体全てが脈打つのを感じた。何の根拠もなくただ、ただ。
この男だ、と思った。
私を所有できる、ただ一人の。
向かいくる何かをまたひとつ、切り捨てる。互いの視線は合わせたまま、相手も同様に恐怖に駆られて突進するナニカを切り伏せていく。先程までは私がヒトと認識していたモノ。
今互いに、互い以外を価値あるものとは認めていなかった。
「ふふ、血に狂った娘ありとの噂を辿って来てみれば…想像以上の獣ではないですか!」
嬉しい、私は嬉しいですよ!と哄笑する白銀の。
私もまた久々に感情を確認できた。喜びなどもしかしたら初めてかもしれない。
全てが曖昧で私を苛つかせるだけだった世界で、彼だけが輪郭と色を表していた。
私と白銀の距離は限りなくゼロへ。
「、っあぁあぁぁぁあ!!」
自分の絶叫など、これもまた久々だ。視界がアカに染まる。何て鮮烈なイロ。
忌々しかった曖昧さが見る間に排除されていく。全てはこの男が。
あの輝く銀に切り裂かれただろう右肩の感覚は消え行き、ほぼ同時に切りつけられた左足も体を支える力を失い。
彼に跪く形で身体が崩れ落ちる。顎に冷たい金属質。促されるように顔を上げる。終ぞ向けられることのなかった微笑みと呼ばれるものがあった。付随するはずの温もりなどありはしなかったけれど、私にはそれがむしろ丁度良かった。
「名を。」
「葵と、申しまする。」
「葵ですか…美しいですねぇ…血に濁ったその瞳!あぁ…葵。私のものに、なりなさい。良いですね?」
咄嗟に返答できなかったのは、嬉しかったから。誰かがこの曖昧な世界から掬い上げてはくれないかと、生まれよりの願いがこのような最上の形で叶うとは。
言葉にならない。鎌の切っ先が頬を傷つけるのも構わず頷くと、白銀はひどく満足そうに笑み。
がしゃん、と音がした。
首周りに金属の重さ。
拘束という名の解放に、歓喜した。