最近葵をよく見るな、と庄左エ門は思った。より正確には、眠っている彼を。
それも熟睡するのでなく、壁や戸によりかかって浅く眠っているようだ。
「こんにちは」
「・・・ん。おー、庄左。はよ。」
「今はもう夕暮れですが。」
言いながら自前の茶器に手を伸ばした様を見てか、寝起きらしく少し鼻にかかった甘ったるい声がかかる。
「お茶、淹れるの?」
「ええ。先輩も呑むでしょう?」
「ん。ありがとね、いつも。」
その響きに何か惹かれて振り返っても、彼の視線をとらえることはできなかった。
慣れた手つきで茶を淹れ、改めて向き直る。湯のみを渡せば、いつもの通りにきちんと視線を合わせて礼を言う。安堵した。
熱い茶を一口腹に落とすと、何とはなしに浮足立っていたものが静まっていくようだ。
「あの、」
揺らぐ茶の湯を眺める。上げた視線が柔らかな微笑みに受け止められ、続ける。
「最近、お疲れのようですけれど」
語尾を濁したのは、差し出がましさをごまかすためだ。繊細な配慮をごく自然に行うこの後輩を、慕うものは多い。
「ああ、どうにも眠くてね。体を壊しているわけではないのだけれど。心配してくれたの?ありがとう。」
「いえ、」
其れならよかったです。とつぶやいた。立ち居振る舞いの美しさや、面倒見の良さなど、尊敬するべきところはたくさんあるけれど、彼のもつ独特な静けさは、惹かれるとともに背筋を泡立たせることがある。
強い光を宿す瞳が伏せられると、同時にすうっと消えてしまうのではないかと、時折不安になった。
「しかしすごいなぁ。不思議だ。」
「庄左の茶を飲んでいたら、何かが補われたように快い。」
貴方のために淹れましたから、と笑えば彼は四度目の礼を口にして立ち上がった。
「茶菓子でも貰ってこようか、僕は金平糖をきらしてしまったんだ。」
「それには及びません。」
葵が手をかけようとした戸ががらりと開かれ、羊羹とせんべいの乗った盆を持つ尾浜勘右衛門、其の肩に手をかけてニヤリと笑う鉢屋三郎、続いて今福彦四郎が入ってきた。
「庄左エ門、私たちにも茶を淹れてくれ。」
呆気にとられた葵と庄左エ門は顔を見合わせ、破顔した。
「はい、只今。」