「おいこら、何してる。」
「三郎?きみは何しにきたわけ。」
小高い丘の上、雲の隙間にかろうじてきらめく星から目を離すこともなく。
「質問に質問で答えんなっつの。私はあれだ、葵ちゃんがまだ帰ってきてないのよねぇ、って心配するおばちゃんに代わっておまえを探しにきたんだよ。」
先に所在を尋ねたことも捜索を買ってでたことも言う必要はないだろう。
葵がふわりと振り向く直前、食堂のおばちゃんの顔へと変装する。
「そう、ありがとね。」
鉢屋の変装に葵は驚かない。ほほえましそうにくすりと笑うだけだ。
それが少し物足りないけれど、大人しく変装をとくことにする。
「で、何してんだ?」
「星、見てる。」
「そりゃ見てわかったっての。」
「七夕だから。」
「それも知ってる。」
少し、困った顔。
「織姫さんと彦星さん、会えたのかなぁ、って?」
「私に聞くな。…会えたんじゃねーの。雲の上は晴れてるだろ。」
言いながら隣に腰を下ろす。葵はそうだね、と小さく呟いてまた星へと視線を戻す。
「願い事でもしたわけ。」
「んーん。一年に一度のデート中で彼らは他人の願い事なんか叶えてる暇ないんじゃないかなって。」
「あー…たしかにな。」
「でも星の寿命を考えたら彼らは3秒に一回会えるんだって。」
「そりゃまあ…お熱いことで。」
「時間換算で1日8時間。」
「夫婦かよ。」
「だよねぇ。けど3秒に1回ってすれ違いにも程があると思わない?」
ぼんやりと会話が続く。夜になると熱気も抜けて過ごしやすい。
「まぁ、な。で?」
「で?」
「いままでの話は雷蔵からか。」
「うん。」
さて。三郎は頭をひねる。他人の機微を読み取ることは苦手でないはずなのに、こいつ相手だとなせが調子が狂う。
「単刀直入に聞くぞ。おまえさ、雷蔵のこと好きなの?」
「好き、だよ。」
ああもうどっちだ!ここまでまっすぐ質問投げてんのに。
「雷蔵に彼女がいることは?」
「知ってるよ?」
少し、傷ついた顔。やっぱりか。
「あー…うん。」
「何?」
ぐりぐりと頭をなでてやる。
「あんまり抱えこむなよ?」
「は、三郎?何か、勘違いしてない?」
「あ?」
「や、今の流れなんか違う。」
「だってそりゃ…んな沈んだ声出すから。」
「だって寂しいじゃん。」
「は?」
「三郎は雷蔵のこと好きじゃん。雷蔵に彼女できて…三郎、寂しそうだったから。」
頭を抱えたくなる。そんなに女々しい雰囲気出してたか?
もうヤケだ。形振りなんぞ知ったことかと問いかける。それが素直になることだなんて気づきもせず。
「あー…じゃあ。雷蔵のこと好きなの?って聞いたとき躊躇ったのは?」
「雷蔵のこと好きだけど、もちろん。三郎のが好きだから。」
絶句した。何を言った、こいつ。
「それは、どういう」
「恋愛的な意味で?」
言いやがった。きっぱり、聞き間違えようがないくらい。
「三郎、なんか深刻な声だったし。流れ的に三郎のが好きだよって言うのは違うかと思って。」
「そう言ってくれた方がどんだけ助かったか!」
…ん?いやいや待て、待つんだ何か。
「おまえ、は、何でそうさらっとしてんだよ。」
「何で、って。」
「緊張するとか、返事聞きたがるとか、あんだろうがよいろいろ!」
「え、だって。」
少し下からのぞきこむように合わされた視線を、忘れることはないだろうと確信した。
「三郎、私のこと気にかけてくれるじゃん。」
「…自意識過剰、」
「どうでもいい人間を裏裏山まで探しにきてくれるほど親切じゃあないと思うの、きみは。」
「好きに言え。」
「三郎に気にかけてもらえるだけでしあわせだもの。」
その言葉を裏付けるように綺麗に笑う。それがあまりに眩しくて少し驚かせたくなった、それだけだ。
決して輝くミルキーウェイに背中を押されたなんて、そんなことはない。
「んなワケあるか。」
「?」
「愛してるっつの。この世で、一番。」
驚かせたかった、それだけだ。
だからその言葉にもいつもと同じように柔らかく笑って抱きついてきた葵を抱き締めたのも彼女にくちづけたのも、ただのいやがらせ、みたいなもんなんだ。きっと。
もう少しだけ、星を眺めていたいと言ったのも。