「おまえは人間だからな。」


彼女はそう言って、楽しそうに可笑しそうに、笑った。その姿があまりにも満ち足りた様だったから。
そこに寂しさが混じっていることには気づけなかった。





銀の髪から覗いたふわふわとした白い耳が、そのものをヒトならざるものであると示す。


「もう少し獣に近い姿をとることもできるぞ。どうだ…、驚いたか?」

「おー…びっくりした。」


美しい半獣は眉をひそめる。なるほど目の前の少年は言葉通り目をまるくはしたものの、すぐにっかりと普段の明るい笑顔を見せたのだ。


「それで?」

「何がだ。」

「おれは人間だ。わかってんぞ、そんなん。で、だからどうしたんだ?」


葵と名をつけられたその妖が静かに瞠目する番だった。それから感慨深げに目を伏せる。
幼い頃、それは彼女にとっては遠い昔。こんな力強い声をどれほど望んだろう。だからどうした、一緒に遊ぼう、と。

諦めた頃に与えられるとはなかなかどうしてうまくできているものだ。
時を経、身を削りとられていくように寂しさを受け入れられるようになった途端にコレとは。

しかし大妖と化した今となっては、ヒトと妖の決して交わらない道を知ってしまっていた。ヒトに平凡な幸せを与えられるのは非凡な存在などではない。


「ハチ。ヒトにはヒトの幸せがあるのだ。老体をいじめておくれでないよ。なぁ、ハチ。私にはおまえの心を受け入れる資格なんぞ、」


大気が揺れた。錯覚にしろ何にしろ、大気が擦れてビリビリと音をたてるのを聞いたと思った。


「ハチ、」

「だから、それがどうした、っつってんだよ。」


甘い幻想などではない。そんなものに上位の妖を怖じ気付かせられる訳がなかった。
餓鬼が戯れに気に入った玩具を手放したくないとごねる様ではなかった。彼は、まさしく。


「ヒトにはヒトの幸せがある?知ったクチきいてくれんな。…葵。んな泣きそうな顔して言われたって納得できねぇの、あんただってわかってるだろ?」


怖い、と。そう思った。百獣の王など裸足で逃げ出すような威圧感を発したこの少年が。
その空気を笑顔ひとつで暖めてしまったこの少年が。
泣きたいくらいの優しさで強引に、自分を攫っていくこの竹谷八左ヱ門という男が怖くて、いとおしくて、たまらなかった。


「おれの幸せにはさ、あんたが必要なんだよな。だからさ、葵。おれと一緒に、生きてください。」


頭を下げて差し出された右手をとるのに躊躇いがなかったとは言わない。

それでも選んだのだから。

大仰な覚悟を決めることもなく、あくまで当然の権利のように。
彼は彼女の手をひいて、歩き始めた。

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