「僕は忍に向かないのかなぁ。」
「かもなー。」
はぁ、と憂鬱を吐き出して顔を覆う。
君、忍に向いてないんじゃない?
――お前はさ、優しすぎんだよ。
幾度となく浴びてきた、言葉。その度曖昧に笑って流してきたけれど。
ついついこぼれた愚痴は思いの外弱い口調ではっとする。返ってきた気のない台詞には安堵とともに一抹の淋しさがついて回った。
「何?葵。」
床に寝そべったままざりざりと近づいてきたかと思えば、彼はじっとこちらをのぞきこんでくる。
手元から視線をはずしてそちらを見やればにっ、と笑った。
「んなこと言いながらさ、伊作はいつも、大事なことは決めてあるんだよな。」
「へ?」
「こ、れ。」
とんとん、と僕の手元のソレを指先で叩く。
「だれのためのお薬?」
「う゛っ…いや、ほら、常備薬…」
「の補充は昨日終わったよな?」
う、と詰まって両手を掲げる。降参だ。
「合戦場行って、敵さんの手当てして。そこまでは伊作の性格さ。目の前の怪我人放っておけないのはな。けど、今の行動は違う。」
「それは…そうだけど。」
先の合戦場で出会った怪我人の傷には随分古いものも多くて。応急処置は行ったけれど、今調合している薬があの時必要分あればもっとちゃんとした治療ができた。
いつ会えるかも、再会するかも怪しい相手のための薬。
「出来れば、治療をしたい。でも、」
いつかは誰かを傷つけるのに。こんな風に怪我人のことばかりを考えてしまう自分の将来を、級友や先生は心配してくれている。
それが情けないやら申し訳ないやらで、伊作の心を曇らせた。
あの怪我人が一般兵でないと気づかないくらい、未熟だった昔とは違う。でも。
「良いと思うけどね、僕は。」
「葵、」
不意に体を起こしたかと思えばするり、僕の手をとり優しく撫ぜる。
「この手は、ヒトを癒す手だ。伊作は、ヒトを大事に出来るやつだ。確かに不運だし優しいし、おまえのこと、少し心配だけどさ。けどおまえが不幸にならずに笑っていてくれるなら、きっとみんな否定はしないよ、伊作のすること。」
イノチってやつの重さが分かってる伊作は、きっと一番大切な判断は間違えないよ。
あぁいつも、必要な言葉をかけてくれる、僕の友人たちの方がきっと優しい。
「たださ、人間には向き不向きってのがある。能力の差じゃなくてさ。だから。」
「え、」
調合を終えた薬を、葵は慣れた手つきで紙に包む。
「3つで良いんだよな?」
「え、あ、うん、とりあえず様子を見てから次の薬を、って葵?何を、」
「分担制ー。これは僕が責任もって届けるよん。その怪我人に心当たりあるし。」
「え?でも」
葵が笑う。この笑顔にどれだけ救われてきただろう。
「僕に任せたら良いのさ。お互いやれることをやる。それで良いと思うけど?」
「うーん…うん。じゃあ、お願いするね、葵。気をつけて。」
「おー。」
信じてる。葵は賢くて強くて、更に僕たちを大切にしているから。必ず無事に帰ってくる、って。
だから、今言うべきなのは謝罪じゃなくて。
「ありがとう、葵。いってらっしゃい。」
ひらひらと手をふる背中に、感謝と、信頼を。