図書室は静かで良い。
忍を目指す集団のわりに騒がしいあの子たちに辟易する私にとって、静謐な空間は大切な避難場所だった。
「矢崎。」
「中在家先輩?」
ちょいちょい、と手招きされる。彼が静寂を破るのは珍しい。
「何か御用でしょうか。」
「もっと目を、大切にしろ。」
私があまりに書物を近づけて読むことへの忠告だろう。
私がわざと目を悪くしようとしている理由に感づいているのかは、わからないけれど。
「ご心配ありがとうございます。では。」
目なんて書物さえ読めれば良いのに。…いや、忍としてやっていくにはやはり良くないのか。優秀な六年生からの助言だ、大人しく聞き入れるのが懸命だろう。
「どうしようかな…」
「なぁに、それ。ほとんど目が見えないじゃない。そろそろ髪切った方が良いわよ。」
「ありがと。そのうち、ね。」
くのたま逹が嫌いなわけじゃない。可愛いし、優しいし。ただ、ちょっと苦手なだけ。馴染めない、だけ。
あの日以来せっせと伸ばし続けた前髪は目を覆い、私と世界を隔てていた。
「相も変わらず阿呆のようだな、おまえは。」
「立花、先輩…」
髪をすかして見る彼はいつも通りに凛としていて、美しかった。
葵、と咎めるような調子の声が、怖い。私と正反対な彼に否定されるのだけは、嫌だった。
す、と彼の長い指が頬に触れる。そのまま髪を掬い取り―――
じゃきん。
「っ!?な、に…を、」
「目を伏せるな、前を見ろ。胸を張れ、喋るならきっちり口を動かしてはっきりと喋ることだ。腹から声を出せ。」
「、は、はいっ!」
勢い良くまくし立てられて言われた通りにしてしまう。
この人の言葉には力がある。
「よし。それで良い。」
「あの、どうして、」
満足そうに笑む姿に流されまいと口を開く。あ、悪い笑顔。そんな表情ですら絵になってしまうのだから恐ろしい。
「私は、おまえを気に入っている。」
「はぁ…。」
「だからさ。」
「はい?」
もう少し説明をお願いしたい。
「おまえは私が見込んだ娘だ。おまえが人間を苦手としているのは仕方ないがな、そのようなみっともない逃げ方はやめることだ。」
「は、い…?」
「他を寄せ付けない程強くなれ。美しくなれ。気高くなれ。おまえなら。葵ならできる。」
高みへ行け、と。
私が保証する、だから無様な敗け方はするな、前を見据えて進め、と。
横暴にしか聞こえない言葉の数々が私の背を押す。
傍若無人な、と思いながらも口の端があがるのが分かる。
頑張る、なんて面倒だと思っていたけれど。
この人のためなら。少しくらい闘ってみるのも悪くないかな、なんて。