「兵助。」


背後から静かに名を呼ばれた。

ペースが早い、と兵助は思う。昨年は月に二度、来るか来ないかだったのに…


「何でしょう、葵さん。」


「いつもの、よろしく。――しかしここは、いつ来ても寒いな。」


夏の終わりといってもあと数刻せずに日は落ちる。そんな時分の火薬庫にやってくるのだから当たり前だ。

手慣れた様子で火薬を計りつつ、兵助はそんなことを思う。

自分以外、下級生の居ない時を選んで来るのは気をつかっているのか。


「どうぞ。」

「ありがと。お前も、冷たいなぁ。」

「え?」


差し出した手をつかまれて思わず見上げると、葵は寂しそうに、笑う。


「やっと目ぇ見たな。…外で会うときはいつもちゃんと僕の目を見てくれるのに。」

「葵さん…?」

「気づいてなかったのか。僕に火薬を渡すとき、兵助は目を合わせない。」


気づいてはいた。ただ意識しなかっただけで。

己の手渡す火薬を使って彼が何をするのか、はっきり聞いたことはない。

目の前のこの手が朱に塗れることがあるのだろうか、いつかは傷つくことがあるのだろうかとその手を見つめてしまっていた。

外見に見合って白くすべらかなそれが。

この首にかかる日も来るのかと、ひどく倒錯的な気分になるのは黄昏時と薄暗さのせいだと思いたかった。

何も言えずに彼の手だけを見つめていると不意にその手が近づいて、兵助の頬を少しだけなぜた。


「意地悪を言ってすまないね。ただお前達には心配をかけたくないんだよ。僕は好きでこうしているのだから。」


それから礼を言っていつものように兵助の頭をなで、葵は去った。

掴めない人だ、と兵助は思う。

あの癖の強い上の学年の人間ですら彼を理解するのは難しいと溢すのだから無理もないのだろうが。


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