成績優秀、容姿端麗。それでいて性格素行ともに良好。
矢崎葵。そんな彼女の相手が、学年一忍者していると言われる潮江文次郎であるというのは至極自然なことであるかもしれないし、外見がとても15才には見えないという点で非常に不自然なことかもしれなかった。
「ねぇ、留さん。いい加減葵ちゃんかわいそうじゃない?」
「あ?あー、あいつまだあんなことしてんのか。」
隣に座る留さんも呆れ顔だ。というのも少し前に見える文次郎のせい。
あぁほらまた。
「文次郎。」
「ああ!?何だよ、用事があるなら早く言え。」
この言葉にあの表情。下級生からしたら喧嘩を売っているようにしか見えない。
僕たちは分かっているから良い。三禁を掲げて忍者の鏡として手本になろうとしている文次郎だから、下級生の目もある所で甘い顔を見せるわけにはいかないだろう。
「文次郎のこと、理解してはあげたいんだけど…彼女に対する態度ではないよね。」
「あのバカなんか気にすんな、って言いたいとこなんだけどな。」
見えないところでは優しい、とかなら救われるんだけど。
「…会計は、また徹夜が続いているそうだから。何か手伝えることはないかと思ったんだ。」
「うるせぇ、女の手を借りなきゃなんねぇ程弱いと思ってんのかよ。」
「いや…すまない。差し出がましいことをしたな。」
有り得ない。せめて礼くらい言うでしょ!?
「何故お前が興奮するんだ、伊作。」
「だって!仙蔵はひどいと思わないの!?思うでしょ!?」
「少し落ち着け。そう思わないとは言ってないだろう。そもそも文次ごときに色恋なんぞ向いていないのだ。」
じゃあ何で付き合ったりしたんだよ!
心の中でこの部屋のもう一人の主であり六年を共にした友人に叫ぶ。
「そういえば文次郎から告白したんだっけ。」
「文次のくせにな。」
「一番三禁がどーたら言ってたのにね。」
「私はむしろ、あの才女が文次を好いていたことが驚きだ。」
何を思いきったのか文次郎は人前で大声をあげて告白したのだ。
あの時驚きながらも、恥ずかしそうに微笑んだ葵の姿が目に焼き付いている。
能力的にも人間的にも憧れていた彼女のその表情は六年で初めて見たものだった。
それは僕たちに、彼女をかっさらった文次郎への怒りなど忘れさせてしまうほどのもので。
「すみません、文次郎はいますか?」
「葵ちゃん?」
「あら、善法寺くん。こんばんは。立花くん、夜分に失礼。」
「構わんよ。文次郎ならここにはいないが。」
「そう…会計はどうにか終わったらしいから…また鍛錬、かなぁ…」
文次郎の性格上その読みは多分当たりだろう。
それにしても寂しそうな顔だ。泣き出しそうな…長屋まで来たことといい、何かあったのだろうか。
「あ、あのね葵ちゃん!文次郎はきっと、恥ずかしがってるだけだと思うんだ。だから、だからね、」
思わず口走ってしまった。彼女も驚いているじゃないか!
「だから何故お前が必死になるんだ、伊作。」
「うー、だって…」
なんか恥ずかしいなあ。
でも彼女は微笑んでくれた。
「ありがとう、善法寺くん。」
あれ?分かってるから、大丈夫。そんな言葉が続くと思ったのに。