「も、だめ…」

「しっかりしろ、皆本金吾!」


山をいくつか越えたはず、十歳の少年にはきつかろう。がしかし暴君こと七松小平太を止めることは平滝夜叉丸にも難しい。

今彼にできることは金吾と四郎兵衛をどうにか励ますことと、片腕で三之助を捕まえておくことだけだった。


「やっと学園…」

「夕ご飯…」

「私は風呂だ…」


月も結構な高さに登るころ、やっと学園の門が見えてくる。これで救われた、と思ったが。


「滝夜叉丸先輩…」

「何も言うな、私には何も」

「何だか走り足りないな!よしもう一周だ!」


我らが体育委員長は満足していなかったらしい。とどめレベルの発言に一同絶望する。

いっくぞー、と滝夜叉丸から三之助を奪い取り走り出す。


「着いていくしかないのか…?」

「でも先輩、もう夜ですー」


ここまで長く走ることはなかなかない。もしかしたら小平太先輩、体調が悪かったり…?心配するも下級生にあの暴君は止められない。

止められるとしたら同じ六年くらいだろうが、自分たちを気にかける六年など…


「葵先輩…」

「何だ?」


頭に浮かぶのは彼。自分の話も煩わしがらずに聞いてくれた彼ならあるいは、と思うが門の中にも入っていないここでは…


「はぁ…」

「こらこら。人呼んどいてため息とはひどくないかタッキー。」

「だからその呼び方やめて下さいってば葵せんぱ…!?」


ついノリで返してから我にかえり慌てて振り返る。

塀の上から上半身を乗り出して笑う葵がいた。


「おーい滝ー?早く早く!」


一度姿を消した小平太が砂煙を立てて戻り、足踏みをして待っている。


「こへ、今日は委員会終わり。」

「えー?私はまだ走り足りないぞ!」

「だけどもう夜だ。」


むー、と納得のいかない顔をした友人をじっくりと眺め、葵は合点したのか軽い音をたててこちらに降り立った。


「分かった分かった。こへ、僕の自主練に付き合え。」

「いいのかっ!?」


一瞬で態度を変え今度はきらきらとしたオーラを放つ小平太に年上とは思えないと後輩達は苦笑する。


「ん。じゃあ先に行って準備しててくれ。」

「おう、任せろ!」

「早いなぁ…さて行くぞ、滝。」

「え、あ、はいっ!」


言うなりくったりとした金吾を抱き上げて門をくぐる。滝が手をひくのは同じく意識の朦朧とした四郎兵衛。


「葵先輩、あの、」

「んー?」

「七松小平太先輩、今日何かあったんですか?」


驚いたように滝の顔を振り返り、柔らかく微笑んだ。


「こへも良い後輩を持ったなぁ。」

「なっ、」

「滝が心配することないよ。多分こへ自身が気づいてない。少し組み手でもすりゃ元に戻るさぁ。」

「そう、ですか…」


今日だけで考えれば自分の方が長く一緒にいただろうに、葵の方が委員長のことを理解しているようで、己の力不足に泣きたくなる。

この差は二年で埋まるものなのだろうか。自然下を向くと頭に暖かい重さが加わった。


「葵先輩…?」

「よくやってるよー滝は。正直あいつに根性で付いていける後輩がいるとはな、って思ってる。」

「私は、別に…」

「心配してたんだ。こへの愛情表現は何ていうか、伝わりにくいから。」

「…分かってます。」


勢いで突き進んでも先刻のように帰ってきてくれる。誰かがはぐれれば見つかるまで駆け回る。難は彼が、自分の体力を特別と認識していないということくらいなのだ。


「そっか。ほら、お疲れ様。風呂入って寝な。自慢のお肌が荒れんぞ?」

「放っといて下さいっ!…あぁ!?」

「、わびっくりした。何?」

「次屋三之助っ!…ああもうこれから探してたら、」

「良い後輩で良い先輩か。三之助なら大丈夫だから、滝は明日のためにもほら行った行った。四郎兵衛も限界だろ?」


背中を押されて渋々風呂へ向かう。


「で、金吾ー?あらら、魂抜けかけてんな。」


こちらは長屋に届けなくてはならないらしかった。
















「こら三之助。待ってろって言ったのに。」


迷子は指定場所より五百メートル南で見つかった。三之助にしては上出来かもしれない。


「あ、葵先輩。」

「しかし助かった。ありがとうな、三之助。」


委員会開始五分で行方をくらました三之助は葵のもとを訪ねていた。

正確には自分を探しているらしい三之助を葵が捕まえたのだが。


「よく分かったな。こへの不調なんて僕らでも気づくの難しいのに。」

「ッス。別に…ちょっと立ち止まることが多かったから。」


飄々としているようでその実人間観察がしっかりできている。こいつの将来が楽しみだと葵は内心笑みを浮かべた。


「三之助も良い後輩だなあ。」

「滝夜叉丸先輩じゃあ止められないと思っただけです。俺だって疲れるのやだし。」

「その滝は明日実習だし、か?1日駆けずり回って平気なくせによく言う。なぁ?」


からかえばすっと顔をそむける三之助を見て思う。

本当にできた後輩だこと!

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