「アヤー。遊びにきたぞー。」
土が次から次へと吹き出す穴に声をかければ、彼は手を休めて顔をあげた。
慣れた身のこなしで地上へと舞い上がり、土を払いもせずに飛びついてくる。
「、っと。アヤ、意外と体格良いんだから力いっぱい飛びつくなって。」
苦笑しながらの葵の言葉に返事もせずすり寄る綾部はまるで猫だ。
ほのぼのとした空気をまとわせていると背後から人の気配。
「綾ちゃーん、また穴掘って…」
「?」
ニコニコとよく飽きずに自分のところに遊びにくる2つ上の同級生が不自然に言葉をきったのを見て、綾部は不思議な顔をする。
程なく自分が抱きついている彼もまた、少し様子がおかしいことに気づいた。
「あ…タカ丸、さん…?」
矢崎葵が敬称をつけて呼ぶことは珍しいと、綾部は訝しむ。
彼らは同じ年だろうに。
「えっと…忍術学園の制服を着てるってことは男の子だから…葵ちゃん、の…弟くん?」
タカ丸の言葉を受けて葵は数瞬の沈黙の後、吹き出した。
それを見てタカ丸は慌てる。
「あ、ごめん、お兄さん、かな!?」
「くっ…くく…いや、悪い。あー…うん。タカ丸、さん。僕は忍びだから女装もする。という訳で、葵本人だ。」
「…え、えぇえ…」
なんだ、そういうことかと綾部は納得する。
斎藤タカ丸は最近まで髪結いをしていた。そこで知り合ったから葵は女らしくタカ丸さんと呼び、タカ丸は"葵ちゃん"の弟だと思ったのだ。
葵は元が中性的な顔立ちだし、化粧をしても顔見知りならば難なく判別はつく。さらに化粧をしている葵確かに大人っぽいから。
「アヤ、何だか僕は悪いことをした気がするよ。」
「まぁ、騙してた訳ですもんね。」
「本当にアヤは正直に口に出すよなぁ。」
そうこうする内にタカ丸はショックから立ち直ったようだ。
「なんだ、そっかぁ…なら、さ!葵ちゃんの髪、いつでも結えるんだね!」
「…は?」
何というか…しっかり髪結いなんだなぁ、と呆れを通り越して感心してしまう。
喜々として葵の髪をいじりだしたタカ丸は、いまだ葵に抱きついている綾部に鬱陶しそうに睨まれても意に介さない。
「お仕事だから早く仕上げなきゃいけなかったでしょ?だからいっつも、もっと触りたいなぁと思ってたんだぁ。」
「へぇ、僕の髪は触りがいがあるのかい?」
「そりゃそうだよー!さらさらしてるし、長くて綺麗!ね、どうやってお手入れしてるの?」
土井先生や竹谷くんに教えてあげたいんだー、と続く言葉に少し困ってしまう。
「手入れ、なぁ…すまんが分からん。」
「え!?…何の手入れもしてなくてこんなに綺麗なの!?」
「ぅあ、んな大声出すなって。そういうんじゃなくて、」
「葵の髪は立花先輩がお手入れするんだもの。」
綺麗で当然、といった口調で会話に入ったのは綾部。どうやら自分そっちのけで話が進行するのが面白くなかったらしい。
「そうなんだー。立花くんも髪綺麗だもんねぇ…いつか触ってみたいなあ。」
「そりゃあ大いなる志だな。」
「笑わないでよー。やっぱりガード固いかあ…」