「三郎。」
「んー?」
今日も平和な忍術学園。
遠く悲鳴が聞こえても日常茶飯事と気にかけるものもいない。
変装名人こと鉢屋三郎に話しかけたのは竹谷八左ヱ門。不破雷蔵と久々知兵助も興味を示す。
「お前がさ、葵さんに化けてるとこ見たことないなぁと思って。」
「…」
「三郎?」
学園中の誰にでも変装でき、かつそれを悪戯の手段としている鉢屋。
その彼が、彼自身最も親しいであろう六年の矢崎葵に変装しているところを見たことがない。
ただそれだけのふとした疑問であり、何の気なしに発したのだが。
予想に反して固まり冷や汗を浮かべた友人に三人は首をひねった。
「おーい。三郎?三郎ー。」
石化した彼の目の前で久々知がひらひらと手を振れば、ようやく正気に戻ったらしい。
「葵サン、ね。いや別に…したこともあるんじゃないかな。」
しかし飄々とした彼には珍しく、明らかに挙動不審である。
「どこ見て言ってんだよお前。」
目があらぬところを見つめている鉢屋を前に不思議がっていると、横から声がした。
「どーした三郎。また悪戯でもして怒られているのか?」
「葵サン…タイミング悪い…」
本人登場とあっては話が早い。訳を話せばああ、と合点したようで、目をそらし続ける三郎を見て面白そうに笑った。
「別に知られて困ることでもないだろうよ。」
「私のキャラクター的に問題なのっ!」
「キャラクターってお前な…」
呆れる竹谷をきっとにらみ、ミステリアスなのが売りなんだと訴える。
「葵先輩、三郎に変装禁止令とか出してるんですか?」
「ん?いや。僕にそんな権限はないからなぁ。」
お気に入りなのか、久々知の髪を触りながら答える。
「まぁ三郎が僕の変装するのは気に入らないけど、忍は使えるものは全て使うべきだからね。禁止するつもりもないよ。」
ならばなぜ鉢屋は葵の変装をしないのか。
納得いかない三人に葵は笑って
「僕は平等を求めただけだよ。」
と残して去っていった。
委員会で集まるぞ、と鉢屋を連れて。
「平等…?」
「ハチ、分かるか?」
「いや。雷蔵は?」
「うーん…三郎が葵先輩の変装をすることに対しての平等…」
「あ。」
何も変装は鉢屋三郎だけの専売特許ではない。
葵は最上級生。それに。
「葵先輩って変化うまかったよな。」
「山本シナ先生直伝だっけ?」
「じゃあやっぱり…」
「そういうことになるな。」
「葵サンひどいよ。」
「いきなり言われても。」
引きずられながら、三郎がボヤく。
「だってあれは脅迫みたいなものでしょう。」
「人聞きの悪い。立派な等価交換じゃないか。…というかお前が僕の姿で仙蔵をおちょくったりしたからだろう。バレてたけど。」
「苦い思い出を引っ張り出さないで下サイ。」
"全くもう…仙蔵を騙そうという気概は買うが…"
"すみませんでした。"
"構わないよ。但し…お前が矢崎葵の顔を借りるならば、僕が鉢屋三郎の顔を借りても良いということだね。"
"いやそれはちょっと…って私の顔、"
"これだろう?"
"!?、戻して下さいっ!…いつから、"
"あ、なんだ。隠していたのか。雷蔵の変装ばかりしていると思ったら。"
"…"
忍術学園二年、鉢屋三郎。矢崎葵の変装だけはしないと心に誓った瞬間である。