気付かれ、た?
影がこちらを見上げたと同時に月光が差し込み"彼"を照らし出した。何の特徴も見受けられない漆黒の忍装束。同色の長い髪を高く結い上げて背に流し。
射竦められたのでもなければ圧倒されたわけでもない。
動けないのではなく、動きたくなかった。
「出てきて頂いて構いませんか、雑渡昆奈門、さん?」
雑渡はほんの数秒逡巡し、少年の前に降り立った。
「なーんで気付いちゃったの?」
うまく隠してたのに。しかも名前までバレちゃった。
ふざけたように呟くも、期待通りに苛立ってはくれない。それどころか淡々と返される。
「うまく隠れてたから、ですよ。貴方の部下サンには失礼だけど、あんなにキレーに隠れられるの、この辺では雑渡サンしか思いつきませんでした。」
「お世辞だねぇ。こっちは勘だけでここまで来たっていうのに。」
「僕だって勘ですよ。」
人がいるような気がしたから声をかけた。もしいるならば雑渡だろう、と見当をつけて。とぼけたように笑いながら、少年は言う。
「名指しして人違いだったら赤面ものだね。」
「そこはほら、違ったら黙らせとけば良いだけの話です。」
飄々としていて、どこまでが本気なのか掴めない。
「で、ウチに何か用?」
少し威圧感をこめて問い質すのに、きょとんとして首を傾げるだけ。しばらくしてああ、と手を合わせた。
「これ、あげます。」
「はぁ?」
「だから、怒んないで下さいね。」
「ちょっと、」
じゃ、と立ち去ってしまった。追いかけなかったのは、渡された紙に見覚えのある文字が書かれていたから。
"この間の薬と同じものです。良かったら使って下さい。善法寺伊作 代筆矢崎葵"