こっちだ、と言って葵は山道を進んで行く。
別名不運委員会の保健委員勢ぞろいであるのにちゃんと進めるところに葵の優秀さを感じてしまうのは少し寂しいけど。
「結構歩いたね。」
「すごいねぇ葵先輩。」
「僕たち全員をフォローするなんて先生でも難しいよね。」
「君たち…」
なんだかなぁ、とは思うけど否定できない。
今だってほら、おっと、と葵が抱き上げた伏木蔵の一歩先には大きめな石。
保健委員ならばお約束通り蹴つまづくところだったろう。
「ついたぞ。」
彼について登りきれば突然視界が開けて。
「わ…」
「わぁ、すごい綺麗ー。」
「お花畑だねー。」
一面を瑠璃色が覆っている。柔らかな光を受けて輝くそれは幻想的なまでに美しい。
「あ、でもこれ、摘んじゃうんだよね…」
「もったいないね…」
確かにこの美しさを損なうのは躊躇われるけど。
「大丈夫だよ。アケルリは効果が高いからね、一部を摘み取るだけで済む。」
「そっかー。ならちょっとかわいそうだけど…」
「少しだけ命を分けてもらおうね。」
「素敵だな、その言い方。」
「葵?」
思わず振り向いてしまう。それくらい切ない響きがあった。
瑠璃色を見つめて浮かべた彼の表情は自嘲と悲哀を含んでいる。
「伊作は無意識に核心をつくよなぁ…」
「?」
「ん…伊作なら知ってるかな。アケルリの、花言葉。」
花言葉…アケルリの?確か、復活や再生…ああ、何てこと!無邪気に歩き回る後輩たちを見て何とも言えない気持ちになる。
これは、言って良いのだろうか。でもここで言わなければ彼を引き留められない気がする。
「この、アケルリは…」
「うん。僕が種を蒔いたんだよ。…命に替えがきかないこと位分かってる。分かってるけど、どうしようもなくて。罪滅ぼしには程遠い、自己満足だけどさ。」
本来、六年生といえども命を奪う任務などない。あの山田利吉さんや学園の教師陣だって、余程のことがない限りはやらないはずだ。
それなのに、一面アケルリが覆うほど種を蒔いたとは。
「…いつから?」
「へ?」
「いつから、ここにアケルリを?」
「んー…四年前くらい、かなあ。うわっ。」
彼の返答を聞くと同時に抱きついた。力の加減なんかしなかったから共々地面に倒れこむけど、気にしていられない。
このアケルリは彼が奪った命の数なんだろう。傷つけた数、かもしれない。でも僕には、彼の心の傷の数に思えた。
四年。そんなに長い間、葵はここで償いのように、自分の心を守るように種を蒔いていたのか。
「伊作。」
「何。」
「あのな、最初の頃はつらさからどうにか逃げようって種蒔いてたけどな、今は儀式みたいなもんで、やらないと落ち着かないからだから。…だから、お前が苦しむ必要はないんだよ。」
「でも。」
寂しかっただろう?傷ついて帰ってくるのはいつも夜遅くか明け方だった。今みたいに日なんか差してなくて。
真っ暗だったり月明かりの中なんかで、一人だったんだろう?
「、っふ、う…」
「あぁもう泣くなってば。伊作、伊作。お前らにも、後輩たちにも、僕はすごく救われてる。」
「う、ん…?」
葵は穏やかに笑ってみせる。
「僕の為に泣いてくれるお前みたいな奴がいる限り、僕は壊れたりしないよ。だから。」
僕が心配なら一生友人でいてくれな?と悪戯っぽく笑う葵はいつもの葵だ。
それだけのことが、すごく嬉しくて、涙がとまらなかった。