「星が降ってるみたい?」
見張り台にふと現れたライアがふざけたように話しかける。
"今夜は空が見てぇんだよい"そんな台詞で見張り番を代わらせ一人、確かに降ってきてもおかしくないような満天の星空を眺めていたマルコ。
事実上白ひげ海賊団のNo.2である彼にこの役割が回ってくることは珍しく、その言葉は"一人になりたい"と同義だった。
「降ってきたらおまえは喜ぶんだろうなぁ。キレーなもんが好きなんだろい?」
「そう。甘いものもね。」
言いながら腰をおろし、持参したココアのカップを足元に置く。マルコ用にと酒瓶を投げる。
「っと。また良い酒かっぱらってきたなぁ。」
「叔父様がナースさんに選ばせてくれたんだってさ。」
「おまえ用かよい。」
「より美味しく飲んでくれる人のがお酒も嬉しいでしょ。」
ライアが叔父様と呼ぶのはこの船の船長である。クルーを息子と呼び親父と慕われる彼に対しての精一杯の敬意と親近感の表れらしい。曰く、クルーにはなれないから、と。
「おまえは本当にガキくせぇな。」
「子どもだもの。」
しれっと答える彼女にマルコは苦く笑う。ライアが見た目通りの年齢でないらしいことを知る人間としては当然の反応ではあるのだろうか。
「時間ってのは、怖ぇよなぁ。」
「嫌な夢でも見た?」
良い大人が夢見の悪さごときに振り回されるなどきまりが悪く即答できない。
「まぁ、な…おまえのそれは年の功なのか女のカンってやつかよい。」
「どーだろね?」
くすくす、ライアは笑う。こうした仕種は外見相応。
「はぁ…延々と、繰り返すんだ。親父もクルーもみんな死んじまって、俺ひとり、誰かを探して…」
ぐい、と酒を仰る。
「なんてな。縁起でもない夢だったよい。」
悪魔の実とはよく言ったものだ。まぁあの美しい海が見られなくなることは承知の上であったし、どの能力を引き当てるかは己の運次第である。その点マルコは大分運が良かったと見るべきだろう。ただ、時折。
「言いたかねぇが親父もいい年だ。そうでなくたって処刑でもされない限り俺より長く生きるクルーはいねぇだろうよい。」
息を吐く。これは断じてため息などではないと、言い聞かせながら。
「マルコも、たいへんだねぇ。」
「ライアもだろ。…自分で選んだ道だよい。」
他人と違う道に苦悩はつきものだ。そして他人と違わない道などないのだからして。
特別な悲しみでも苦しみでもない。マルコとてそれは分かりきっているが、たまにはしみじみと身に染みることがある。そしてそんなとき、部外者である彼女は黙って耳を傾けてくれているのだ。
"親父"にこんな些末事で心配をかけるなど考えられず、仮にも上に立つ身として部下にも話しにくい。そんなマルコだからこそ、強かな彼女の存在は良い捌け口だった。
守りたい、その気持ちにおいて両者は共通し、また双方の努力と実力を認め合ってもいる。だからこそ成り立つ同盟関係。
「マルコは一息つく大切さを知ってる。それはとても、良いことだね。」
「それも、お互い様だろい?」
その言葉を受けてライアはきょとんと目を丸くする。苦笑して、マルコを振り返った視線を再びそらした。
「私はまだ、そこまでの余裕はないかな。だからこそこうしてここに来たんだし。」
「頼りに、されてんのかよい。俺は。俺たちは。」
いろんな人に頼ってばかりだよ、と彼女は笑う。守るものは、闘う相手は、多くて。とても独りでは抱えきれない。
「…良いことだよい。」
「?」
「他人を頼るってのは。特におまえにはなぁ。」
「…無理してるように、見えてた?」
「いや、」
これから何れ程の歳月を生きていくことになるのだろう。どれだけの大切なものができて、どれだけの別れがあるだろう。
「俺らは。俺とおまえは、時間の怖さを知ってる。だがよ、同時に時間のありがたみを知ってる。要はだ…大事なモンを見失わなきゃ、それで良いだろい?」
ぽん、と頭を叩かれると、体にじんわりと温かいものが広がる。
「そ、だね。…ふふ、だからこの船は好き。」
「そりゃどーも。」
今一瞬を、精一杯。
悩む暇に冒険を。それが、海に生きるということだから。