13

イカロスの状態で暫く飛んでいると、
初春にも関わらず一箇所だけ紅(クレナイ)に染まっている場所があった。
その色は、あの哀しい赤鬼の髪によく似ていた。

「(あそこが川中島か……)」

直感的にそう思った。そして、その場所に近付くにつれて段々と人の声が聞こえてきた。
二つの軍勢が今正に戦を繰り広げていたのだ。
上空にいる筈の俺の耳にもしっかりと聞こえる程、大量の音が風に乗って流れてくる。
俺はそこから少し外れた場所に降り立った。そして、フュージョンを解く。
これであと四回しか出来ない。

「ミクマリ、何処にいるんだ……?」

初春と秋の境目を歩くと、見たことのある赤髪が目に入った。
ボウッと木陰に立ち、戦の様子を見ているようだ。
その目には何も映っていない硝子玉みたいだった。

「ミクマリ」

俺の呼びかけに、ゆっくりと赤い髪の鬼は俺の方を向いた。
やっぱり、目には何も映ってなかった。
グレイヴヤードで見た時より、少しやつれてる気がした。

「人ならざる者よ、この地の果てを見に来たか」

決められた事の様に無機質な音がその口から漏れた。
多くの叫び声の中でも、何故かはっきりと聞こえた。

「いや、アンタが心配でさ」

「解せぬな。消えたくなくば立ち去れ、まだ間に合う」

やっぱり機械みたいな声で、ミクマリは言う。
ただ、表情が少し険しくなった。

「やだね。俺はアンタが気になる。何でかは分かんないんけどさ」

本当は、分かってる。何でこんなにも気になるのか。
自暴自棄なその態度が、一直線なその姿勢が、いやに俺の頭に鐘を鳴らしてくるのだ。
その鐘は、警告かはたまた別の何かかまでは分からないが。

「見よ、この地の穢れを。主なら見えよう」

ミクマリが指差す先には、血の様に赤い霧に包まれた景色が見えた。
この霧が穢れというならば、かなりこの地は危険な事が分かる。それ程、この霧が濃かった。
どちらかの軍の断末魔が、耳に障った。

「この地は忌み地と化す。この度の戦でな」

「なら、アンタが止めればいいじゃん」

「出来れば既にやっておる。だが、干渉は出来ぬ掟なのだ」

硝子玉みたいだった目が少し憂いの色を灯す。
苛立ちと同情が入り混じった変な気分になった。

「じゃあ、俺が行く。アンタのその顔、見んのがやだ」

ミクマリが顔を上げる。俺はミクマリの顔を見ずに、合戦中の川中島へ歩を進めた。
見たら、きっと俺は躊躇った。
片手を上に揚げ、格好付けた様に歩いた。


実際に争っている場所に出ると、血の濃い臭いが鼻を衝いた。
足元には既に息絶えた両軍の屍が転がっていた。踏まれた跡のあるものもあった。
あるものは矢に射抜かれ、またある者は喉笛を裂かれ。
一番酷いのは、脳天の部分が割れているものだった。恐らく馬に踏まれたのだろう。
だが、川の水に流され血は既に流れていなかった。

「(酷いな)」

様々な意味が篭った言葉を、口の中で呟く。
雄叫びが至る所から聞こえてくる。
ただフラフラと歩いていたら、俺を敵と勘違いした奴が襲いかかってきた。

「うおぉぉぉぉぉおお!!」

刀が振り下ろされる、が、俺はそれを横に避けて回避して鳩尾に肘鉄を入れる。
蛙が潰れた様な声を出しながら、襲い掛かってきた者が崩れ落ちた。
自軍以外は全て敵という、一種の錯乱状態になっているのが今ので分かった。
そして、今の一撃の所為で赤の軍―武田軍を俺は敵に回したようだった。
たまたま武田軍の本陣付近に出てしまった為だ。赤を掲げた軍が俺を目掛けて襲い来る。
俺はベアークロー(また武器が変わってた)を構えなおす。
そして、回し蹴り等の範囲の広い攻撃をする。
一人一人相手にしてたら埒があかないからだ。
兵士を相手にしていると、横から鋭い何かが飛んできた。
忍具だった。見ると上杉の忍らしき者が数名いた。俺は何の躊躇いもなく、武田の兵士を伸した。
そして、上杉の忍にファイティングポーズを取る。
一瞬にして距離を詰めてきた忍達を相手に、俺は応戦した。
やっぱり忍なだけあって、一撃一撃が隙がない上に早い。
なので防戦一方になるが、その素早さを利用して上手く相打ちにさせる事が出来た。
正直、ここまで本格的な戦闘をやったのは初めてかもしれない。

一息つくと、「乱入者だ!」という声が響いた。今更ながら、俺の事に気がついたらしい。
俺は息を一つ吐きながら、立て続けに起こるであろう戦闘に備えた。

「件の乱入者とは貴殿の事か!」

若々しい声が、左の方から聞こえたので、ゆっくり向くと赤い鉢巻をした赤い若者がいた。
手に持つ二槍の片方が、俺の方を向いていた。

「そーだけど、それが何?」

やや気だるそうに返すと、はっきりとした声で返された。

「お館様と上杉殿の真剣勝負を邪魔立てさせる訳にはいかぬ故、
 貴殿の相手、この真田幸村がお相手仕る!」

「あっそ。でも俺、別に戦いたいわけじゃないんだっつーの
 ただ単にここで戦って欲しくない訳」

「分かる?」と返すと、赤い若者―真田幸村は首を傾げた。
どうやら言葉が通じなかったようだ。

「だからー、ここからさっさと出てけって言ってんの」

「それは出来ませぬ。お館様か上杉殿、決着の着かぬ限りは」

首を緩く振られた。俺は、もう強行突破しかないと思った。
そして俺は幸村に一言言った。

「巷で噂の、赤髪の鬼って知ってんだろ」

「"目を合わせた者死に至る"という鬼の事でござろうか」

「そいつさ、俺の知り合いなんだよね
 そいつが困ってるから、俺、あんたらに一生ここで争って欲しくない
 そういう訳だからさ、」

「通らせてもらうぜ」と、俺は走り出した。
突然の出来事に戸惑いを表した幸村を見て、まだ浅いなと何と無く思った。
そして、鳩尾に拳を一発、立て続けに回し蹴りを一つ。
更に首に一撃入れようとした所で、その腕を誰かに掴まれた。

「はーい、そこまで
 あんまりうちの旦那を苛めないでくれる?」

「さ、佐助ェ!」

佐助と呼ばれた男は俺の腕を掴んだまま離さない。
口元は笑うも、目は殺気に満ちていた。

「旦那って何、アンタのコレ?」

と茶化す様に掴まれている左手の小指を立てると、
「そんな訳ないでしょ」と余計に強く握られた。
このままバキッと折れそうだ。

「いじめるとか、そんなのの前に俺はこの場所から出てってもらいたいだけだっつーの」

「無理無理、お館様と軍神の決着がつかないと」

「アンタも赤いおにーさんと同じ事言うんだ?」

どうやら、力ずくで止めるしかないようだ。
しかし、この二人の相手を一人でやるというのはかなりの至難の業だ。
と、すれば。この二人を抜け、本(モト)となる武田・上杉の大将を説得するしかない。
俺は再びイカロスになった。途端に目の前の二人の顔が険しくなり、臨戦態勢に入る。

「貴殿はまさか……」

「羅刹夜叉……!」

"羅刹夜叉"……?聞きなれない言葉が聞こえたが、俺はそれに構う暇なんてない。
両腕を羽ばたかせ、俺は空中へと飛び立つ。

「お館様の元へ行かせてはならぬ!止めよ、佐助!」

「了解!」

下でそんな会話が聞こえた直後、目の前に迷彩の男、佐助の姿が現れた。
黒い鳥に掴まっている。

「邪魔なんだけど、どいてくんない?」

「俺様も仕事だからねー。悪く思わないでくれよ」

手裏剣にしては大きいそれを、いきなり飛ばしてきた。
俺は高度を上げて避ける。
向こうは鳥とは言えど人を運んでいるわけだから、高度にも限度があるはずだ。
そうしたら、予測通りある一定の高さ以上は追い駆けてこなかった。
しかし、手裏剣は飛んでくる。
ヨーヨーの様に佐助の手に行ったりきたりするそれを俺は避けながら飛び続けた。
もちろん、高さを保ちつつ。
しばらくそれを続けていると、急に攻撃がやんだ。
そして、言い争うような声が聞こえた。

「佐助、謙信様の邪魔をする気か!」

「だぁから違うってば!俺様は例の夜叉を……」

「夜叉は奥州にいると聞いているぞ」

「今いたんだってば!鳥でいけない位の高さまで飛び上がって……」

言い争う声は終わりそうになく、俺は好機と思い速度を上げた。
そして、徐々に高度を落とし両軍争う最前線に近付く。
すると中央で何者かが剣戟をしていた。
気迫が、空を飛んでいる自分の元まで来ているのを感じた。
俺は、ミマクリの願いを届ける為にその中心に急降下した。

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