12

目を開くと、ダークグレーの空が見え、薄ら寒い空気が顔に当たる。
ゆっくりと体を起こすと、未だ慣れない禍々しい扉が三つ。

「また、グレイブヤード……か」

ポツリと呟くと目の前に光の粒が現れ、集結し始める。
温かな光の粒を見つめていると、自分の身長の四分の三位の大きさになった。

「こんにちは、澪」

「……ジャンヌ」

先程の光と同じ位温かな笑みを浮かべながら、ジャンヌが現れた。
俺は、口元に少し笑みを浮かべながら名前を呼んだ。

「あのね、澪。あの扉の奥が開く様になったのよ」

ジャンヌは、中央の扉を指差しながら俺の手を引く。
俺はされるがままにジャンヌと共に歩いた。
そして、漆黒の扉に手を掛ける。ひんやりとした扉の感触がいやにリアルだ。

ギィと音を立てながら開けると、前に来たときより重たく冷たい空気が感じられた。
気配なんてものは分からないが、前回来た時とは全く違うという事は分かった。
中に入り辺りを見回すと、一つだけ青白い光が零れている扉があった。
だが、その扉は他のものとは違い、異様なまでの威圧感があり、近寄りがたい。
繋いでいる手に少し力が篭る。

「澪、あの扉よ」

「あぁ、何と無くそうだろうと思った」

冷や汗が、首を伝う。
ジャンヌにここで待つよう告げ、その扉に一歩一歩歩み寄る。
近付く度に威喝感は増していく。その扉の前まで着いた時、俺は全身に寒気が走った。
悪寒とでも言うのだろうか、ポタリと汗が床に落ちる音で俺は我に返った。

「………開く」

「うん……」

ジャンヌの鈴の音の様な声を聞きながら、
俺は先程とは比べ物にならない位重たい扉を開いた。
蝶番の軋む音がやけに耳に障る。
通れる位の幅が開くと、俺は青白い光に包まれた。


眩しさ故無意識に瞑っていた目を開くと、紅葉美しい川が目に入った。
辺りを見渡しても人影はなく、鳥の囀りさえも聞こえない、ただ"在る"だけの世界。

「(何処だ、ここは……)」

ゆっくり歩を進めると、人影の様なものがぼんやりと見えてきた。
その人物の髪が見事なまでに赤く染まっていた為、紅葉に紛れて見えなかった様だ。
そのまま歩いて行くと、その人物はこちらに気付いた。

「誰ぞ」

「俺は澪。そういうアンタは?」

「人に名乗る名は無し、いや、主は人ならざる者か
 なれば名乗ろう、我が名はミクマリ」

「("ミクマリ"……聞いた事のない名だ)
 ふーん。で、アンタここで何してた訳?」

ミクマリは、やや離れた所にある滝を見ながら一人心地で呟く。

「じきにこの土地が合戦に使われる
 人の血で穢れ、報われぬ魂が渦巻く地になろう」

「アンタはそれが嫌なわけか」

「………………」

滝を見つめたまま、ミクマリは黙り込んでしまった。
その目は、愛しいものを見つめる様な色をしていて、
この地を大切に思っている事がよく分かった。
サラサラと水の流れる音が俺たちの間に流れる。

「なぁ、ここ、なんて場所なんだ」

何処かで見た事のある様な気のする景色を見回しながら、訊く。
公孫樹色した黄色い目が、こちらを向いた。

「消え行く土地の名を知っても意味がなかろうに」

「頭の隅にでも残しておこうかと思ってな。こんなに綺麗なんだし」

フッと小さく笑みながらミクマリは言う。

「"川中島"よ」

「!」

川中島……確か武田・上杉両軍が五回合戦を起こした事で有名な場所。
ゲーム本編でも、武田と上杉両者の視点で実際にプレイした記憶がある。
ぼやけていた記憶が、ミクマリの一言ではっきりした。

「……どうせ消えるのであれば……―の―、―き―――まで―――み……」

小さく呟きながら、ミクマリは消えていった。
いや、正確に言うなら俺の意識がそこで途切れた。


再び目が覚めると、木製の天井が見えた。
欄間がある辺り、どこかの屋敷か何かなんだろう。
俺はゆっくりと体を起こした。それと同時に、襖が控えめに開いた。

「あ、顔の怖いお兄さん」

「テメェ、ここまで運んだのを誰だと思っていやがる」

ヒクリと顔を引き攣らせながら、素襖姿の小十郎は言った。
どうやらここまで運んでくれたらしい。

「そりゃどーも。で、ここどこな訳」

「政宗様の治めておられる、米沢城だ」

その言葉を聞き、俺はいつきの事を思い出した。
俺は小十郎に聞いた。

「いつき……あのちっさい子供はどうした?」

「……あぁ、あの農民の子供か」

"農民"。その言葉が自棄に頭に響いた。
この時代にとって農民と言う身分は、最下層にあたるものだったはず。
故に、一揆は厳しく取り締まっていたはず。

「今、政宗様と会談をしている
 終わるまで待て」

嗜める様に小十郎は言った。
何だか子供扱いをされた気がするのは気のせいだろうか。

「あ、そうだ、顔の怖いお兄さん」
「片倉小十郎だ」

"顔の怖いお兄さん"という呼び方が気に入らなかったらしく、
小十郎は間髪を入れずに訂正した。
これで今度から小十郎って堂々と言えるな。

「小十郎さ、"川中島"ってどの辺にあるか知ってる?」

俺の問いに、小十郎はやや目を見開いた。
そんなに驚く様な事なのだろうか。

「農民のお前が、何故その地名を知っている」

「アンタには、俺がただの農民に見えるか?」

どうやら、俺の事を農民だと思っていたらしい小十郎に、問いで返す。
少しの間の後、「それもそうだな。」と小さく呟くのが聞こえた。

「川中島はここ最近、戦が度々起こっている場所だ」

「どの勢力かまでは教えてくれないんだ」

「お前には関係が無いだろう」

確かに、農民には関係がないよな。
他の国の事なんて。

「(仕方ない、独自で調べるしかないか)」

そう思ったのとほぼ同時に部屋の襖が勢いよく開いた。
そして、とても心配そうな顔をしたいつきと、やや呆れた顔をした政宗が見えた。

「赤目の兄ちゃん!気が付いただか!?」

言うと共に、上半身だけ起こしてた俺に向かっていつきが飛び込んできた。
仮に怪我人だったら傷口が開きそうな位の勢いだった。

「あぁ、別にそこまで重傷じゃないし」

「ならいいだ!」

いつきは天真爛漫という言葉が当てはまる笑顔を浮かべた。
ややみつ編みの乱れたその頭をなでてると、政宗と目が合った。
肩を少し竦めながら、政宗は口を開いた。

「魔王のおっさん追い詰めたdevilって聞いてたんだがなぁ?
 俺にゃただの人間に見える」

「そりゃどーも」

軽い調子で返すと、小十郎に睨まれた。
「この御方になんて口を利きやがる」といった目だった。
俺は両手を軽く上に挙げ、降参のポーズをとる。

「そうだ、いつき。会談どうなったんだよ」

「かいだん?」

「話し合いだ話し合い。あの青い人と話してたんだろ?」

政宗を指差しながらいつきに言うと、小十郎から殺気を感じた。
指を差してもいけないらしい。

「俺があの村の領主になった」

「は?え、うそ、マジで?」

「好い加減口を慎みやがれ!」

我慢ならなくなったのか、小十郎の激が飛ぶ。
何と無く予感がしていたので、事前にいつきの耳を塞いでおいてよかった。
政宗は、小十郎を宥める様に「構うな、小十郎」と一言言った。

「青いお侍さんが、"無理な年貢はしない"って約束してくれただ!
 もうこれで安心だべ!」

「おー、そっか。よかったな」

再びいつきの頭を撫でながら、俺はあのグレイブヤードでの出来事を思い出した。
俺は多分、あの場所に行かないといけないと思う。

「いつき、頼みがある」

思わず元の口調になりつつ、いつきに言う。
返事を聞く暇もなく、俺は続けた。

「俺のいた村、あるだろ?あの村、いつきに頼む
 俺、すぐに行かなきゃいけない場所が出来た」

「赤目の兄ちゃん……」

俺の言葉に、小十郎は眉間に皺を寄せる。
多分俺が行くであろう場所の事だろう。

「川中島はやめておけ、命が惜しければな」

「川中島だァ?今一番dangerな場所じゃねぇか」

小十郎の言葉に、ほぼ同じ意味の言葉を言う政宗。
いつきは何が何だか分からないという感じの顔をしている。
しかし、いつきはゆっくりと立ち上がり、俺に言った。

「赤目の兄ちゃん、どっかに行っちまうだな……
 でも任せるだ!おら赤目の兄ちゃんの代わりにしっかり村さ守るだ!」

そして、そのまま部屋を出て行った。
どうやら気を使わせてしまったようだ。

「誰かさんたちが戦ってるんだろ。それ位は知ってるって」

「それだけじゃねぇ」

俺の言葉を遮るように、政宗が口を挟む。
真面目な声色に、俺は顔を政宗の方に向けた。

「最近妙な噂が流れてんだ。赤髪の鬼が出るってな」

政宗の言葉に、俺は思い当たる節があった。
恐らく、ミクマリの事だろう。

「鬼なんて関係ないって。俺、悪魔だし」

「ただの鬼じゃない。あいつに睨まれた奴は数日の内に死ぬという噂だ」

ミクマリはいずれ滅ぶと言っていた。
そして、最後の途切れ途切れに聞こえた言葉を思い出す。

「俺、やっぱもう行くわ」

そういって、外へと続く障子を開けた。
そして、俺はイカロスへとフュージョンをする。
鳥に近くなったその姿で、背後の静止の声を振り切り、
俺は太陽の射す空へと舞い上がった。


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