11

「義姫……」

俺の小さな呟きは、前の二人まで届いてしまったらしい。
二人は揃って振り向いた。
そして、鋭い視線が俺を貫いた。

「何故、テメェがその名を知ってやがる」

雷の様に鋭い声で、政宗が俺に問う。
だが、義姫―だったものはそれを待たずに、
政宗に向かって鋭く伸びた爪を振り下ろす。
が、それは政宗に当たる事は無かった。

「ぐっ……!」

「小十郎!」

小十郎が身を挺して政宗を守ったからだ。
政宗は慌て、義姫は心底嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべる。

「(フュージョン回数は現在2回……)」

あと三回。
あの女は、"麗々"の様だ。俺はそう思った。
憎しみに心を奪われて、何も見えなくなった。
だが、ゲームと違うのは。俺が引き金になったという事だ。
ここは、俺が倒すべきだろう。

「その人つれて下がってなよ
 コイツは俺が倒す」

そう言って、俺は前に立ちはだかる。
禍々しい気に、何故か高揚感が起きる。
心までウルに近くなったのか、俺は。
後ろで、政宗が何かを言っているが、俺は聞こえない振りをした。

『貴様ニ用ハ無イ……!消エヨ!!』

「オバサンは黙ってろよ
 俺は、後悔しないで生きるって決めたんだ
 ――カロン!」

俺は、今まで一度変化しなかった闇のフュージョンをしてみる事にした。
迷いがあった俺には、ウルの闇を扱える気がしなかったから、しなかったのだが。
今なら、出来る気がする。
紫色の数々の光が、俺に集まる。
今までもそうだったが、光の色によって俺の心を占める感情が変化する。
紫の光は―憎しみ。
今、義姫を支配している感情と同じだ。
だから、俺はこれを選んだ。

バサリと、蝙蝠のような羽が音を立てる。
後ろでは、かすかに息を飲む声が聞こえた。

『フフフッ……妾ノ前ニ立チハダカッタ事ヲ、後悔スルガ良イ!』

こちらの方が鬼だ、と俺は思う。
俺は、小十郎の怪我が気になった。
が、すぐにその思いは消える。
出血は大した事なかった。致命傷は避けたんだろう。
義姫が、俺に向かって爪を振り下ろす。俺はそれを横飛びで避け、殴る。

『ガァッ……!』

女とは思えぬ醜い呻き声を上げながら、義姫は飛ぶ。
が、すぐに体勢を立て直し、再び俺の方を向く。

『消エヨ……鬼子メ……!』

義姫が両手を合わせる様に近づけると、中央に真紅の光の玉が現れる。
そして、そのまま政宗の方に投げた。
だが、政宗も伊達に武将をやっていなかった。

 ガキィンッ

「ぬるいぜ。もっと熱くさせてくれよ」

『小癪ナァぁぁァあア!!』

そして、そのまま政宗は六本の刀を全て抜く。
 ―"WAR DANCE"だ。
直感的に俺は思った。
立ち向かおうとする政宗の前に、俺は立つ。

「やる必要は、無いと思うけど?」

「それはこっちのserifだぜ」

確かに、俺にはない。
だが、死者を相手に戦うというのは、普通の人間には無理だと思う。
特に、過去に何らかの関わりがある人間にとっては。
俺は政宗に向かって小瓶を投げた。
訝しげな表情をする政宗に、俺は言う。

「傷を癒す薬だよ
 オバサン相手にする前に、別の奴の相手してやった方がいいんじゃないの?」

「……Thank you.」

「いーえー」

間延びした言葉で返し、義姫の方を向く。
真っ赤な闘気が、包んだかと思えば、更に変形をしていた。
烏の濡れ羽色の様な漆黒の髪はそのままに、
目の周りには闘気と同じ真っ赤な隈取が現れていた。
質のよさそうな着物は、血の様な赤を地に、黒・金の刺繍のある物へと変化をした。
まるで、血の池地獄を具現化した様な紋様だった。

「(―修羅と化したか……)」

直感的にそう思った。
ウルだったらこの時、何て思うだろう。
 ―答えは、一つだった。

「アンタ、空しくないの?」

『餓鬼ガァァァア……!何ヲ言ウ、妾ハ……妾ハ……!!
 アァァァ……アァァァァアアア!!!!』

「……もう、戻れないのか」

急に冷めた様な感覚になった。
これは、元の俺の感情なんだろうか。
俺は、羽ばたく様にして一瞬で間合いを詰める。
義姫以上に鋭くなった爪で、喉元を裂こうとするが、あと少しの所で距離をとられた。

『妾ハ……、討つノジャ!我ガ子ノ仇ヲォォォオオォォ!!!』

その言葉と共に、先程とは比べ物にならない位巨大な光の弾を放つ。
即座に防御体勢を取ったが、光弾の方が威力が強く、吹き飛ばされた。

「がはっ……」

衝撃のあまりフュージョンが解けてしまった、だが立ち上がる。
低空に浮かぶ義姫の目は、何も映していなかった。

「アンタ、可哀想なやつだな」

『ダマ、れ。小僧ゥゥ!』

「もう、何も見えちゃいない」

怒りや、憎しみ。
負の感情が溜まり過ぎて、何も見えなくなっている。
こんな事をやっても、無意味だと言うのに。
そう思っていると、小さい人影が視界に入った。

「っ、いつき!」

「赤目の兄ちゃん!大丈夫だか!?」

「ばっか、こっち来んな!!」

その時、義姫の顔が醜く歪んだ気がした。
もしやと思った時にはもう遅かった。
先程俺が食らった様な弾が、いつきに向かって飛ぶ。

  "―また、間に合わないのか……?―"

あとすこし、そこでまたにげられる……
あとすこし、そこでまたなくしてしまう……

  " 召喚せよ "

頭に浮かんだ名前を、俺は小さく呟いた。


邪気が体を包む。
この感覚は、前にも会った。
風を切り、いつきの前に立ちはだかって、光球を叩き落す様に腕を振る。
ジュッっという音が聞こえたが、痛みはなかった。

「赤目の兄ちゃん……だか……?」

いつきの問いに、俺は頷きもせず、義姫に襲い掛かる。
鋭い爪を振り下ろすが、義姫を守る障壁に阻まれる。
一旦退いて、体勢を立て直す。
また光球が放たれたが、俺は手を前に出し、同じ様に障壁で防ぐ。

「人間技じゃねぇな……」

政宗の呟きが聞こえた。
普通だったら、もう死んでいるだろうな。

……普通だったなら。

俺は、また義姫に近付き攻撃をする。
やはり障壁に阻まれるが、俺は絶えず攻撃をした。
すると、パキイィンという高い音が鳴った。
義姫が、驚愕の表情をする。

俺は、そのまま爪を振り下ろした。

『ギャァァァアアァァァアアアァアア!!!』

女とは思えない醜い悲鳴が響く。
義姫から血は流れず、赤黒い光が宙を舞う。

『嫌ジゃ……嫌じャ……!妾ハ……妾は………!』

「本当は、もう分かってたんじゃないのか」

何を、とは言わない。
変身を解いた俺の顔を見ながら、元の美女の姿に戻りつつある義姫は手を伸ばす。
深々と降る、雪空に向かって。

『………まさ…‥み、ち……』

パタリと、真っ白な雪の上に同じ位白い義姫の腕が落ちる。
"政道"……俺の知っている限りでの知識では、政宗本人が惨殺したと言われている。
だが、それも定かではないらしい。
が、義姫の状況的に、その説が有力な気がする。
義姫は、雪の中に溶ける様に消えた。

「赤目の兄ちゃん!」

いつきが駆け寄ってきた。
俺はよろけそうになりながらも受け止める。
どうやら、かなり心配しらしく、目に涙が滲んでいた。
頭を撫でてやりながら、俺は政宗たちの方に顔を向けた。
俺の渡した薬が効いたらしく、小十郎はもう立ち上がっていた。

「泣くなって。目が溶けてなくなるぞ」

からかい半分で言ってやったつもりが、本気にしたらしく。
いつきはぱっと俺から離れて目を擦った。

「Hey,girl.お前が総大将か?」

「……そうだべ」

グズッと鼻を啜りながらいつきは政宗の問いに返事をした。
俺は顔を政宗の方に顔を向ける。が、かすかに視界が霞んで表情がよく見えない。
頭を振り、何回か瞬きをしたが、逆に霞みは増すばかり。

「(くそっ……こんな時に……)」

目の前がぐらついて、天地が逆転する。
意識が飛ぶ直前ぼやけた視界に映ったのは、驚いた表情をしている双龍と、
また泣き出しそうな顔をしてこちらに駆けてくるいつきの姿だった。

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