08

意識が浮上する。
体の感覚が徐々に戻ってきた。
ゆっくり瞼を開けると、暗雲が広がっていた。
重い体を起こすと、何となく見た事のある扉が3つあった。

「グレイブヤード……」

日本語に訳すと"墓場"。
俺は、ウルの心の墓場にいた。
光の扉と、闇の扉。
そして、迷いの扉があった。

「……何故、俺はこの場所にいる」

「あら?
 ウルにそっくりね。あなた」

重い俺の呟きとは裏腹に、明るい声が聞こえた。
その声のする方向を向くと、10歳位の短髪の少女が一人立っていた。

「ジャンヌ……?」

「わたしの事、知ってるの?」

「あ、あぁ」

何故ジャンヌがここにいるんだ。
ジャンヌがここにいるなら、このグレイブヤードにヤドリギが生えてる筈なのに。
ドンレミの村が襲撃されている筈なのに。

「それは、あなたの心の中だからよ」

「俺が考えている事が分かるのか?」

「なんとなくだけどね」

「ウルが真面目に話してるみたい」と、ジャンヌは明るく笑む。
この少女の笑顔は、心が暖まる。

「そうだ
 あなたを呼んでる人がいるの。早く会ってあげて」

ジャンヌはそう言って、迷いの扉を指差す。
俺はゆっくりと歩き出し、扉に手を掛けた。

「あなたは、ウルと同じ道を歩かないでね」

ジャンヌは言った。
振り返ると、そこにはもう、彼女はいなかった。
俺はもう一度扉に手を掛けて、重そうな扉を押した。


中に入ると、誰かが立っていた。

「女?」

見るからに高そうな着物を身に纏った女が、暗闇の中に立っていた。
まるで、女にだけ光が当たっているかの様に、浮かび上がって見えた。
女はゆっくりと俺の方を向いた。
動作は重々しく、錆び付いた螺子の様だった。
完全にこちらを向いた女は、とても端正な顔立ちをしていた。

「赦さぬ……」

一言。
その一言を告げると、女の端麗な顔が般若と化した。

「赦さぬ、赦さぬぞ……!
 妾は赦さぬ……!!」

「誰をだ?」

俺の問いが届いたのか、般若は怒気を露にした声で叫ぶ。

「名を言うのも汚らわしい!
 妾の可愛い梵天丸に成り代わり、あまつさえ政道を喰ろうた鬼め!
 妾は赦さぬ。同じ思いを味遭わせてやろうぞ!」

女特有の、金切り声に似た甲高い笑い声が、闇に響く。
俺は、もしかして協力しなくてはならないのか。
俺は、遠くなる意識と共に、そんな事を考えていた。


目を開けると、見慣れた天井があった。
俺は、いつあの村に戻って来たんだ。
ゆっくり体を起こすと、節々が痛む。どうやら、かなりの間寝ていたらしい。
軽いストレッチをしていると、引き戸が開いた。

「澪!気付いただか!?」

「喜作……!」

扉を開けた人物は、喜作だった。
あの時の土気色の顔とは打って変わって、血色のいい顔色をしている。

「皆ぁー!
 澪が目ェ覚ましただぁー!」

喜作の叫び声と共に、数多くの足音が俺の家に向かってくる。
そして、喜作を押し退けて真っ先に入って来たのは、八重だった。

「澪!もう動けるだか?
 痛いとこさねが?」

「お八重ー
 おらん時さ、そげに心配してくれんかったべや」

二人の会話に、爆笑の渦が起こる。
次に入って来たのは、矢作だった。
とことこと上がってきて、俺の腰にしがみついた。
……そして、離れない。

「矢作、澪が起きて嬉し泣きしてるだ」

と喜作は笑いながら言った。
よく見れば、微かに震えてる上に、少し冷たい。
つむじの見える黒髪を、俺は撫でた。

「アンタ達は、俺が怖くないのか?」

撫で続けながら、俺は目を合わせずに聞いた。
目を見ながら聞くのは、俺には無理があった。
答えは、すぐに返ってきた。

「……怖いだ」

胸の奥が、痛い。
鈍い痛みが走った。

「最初は確かにそうだったべ!
 でも、澪は村一つさ、救ってくれただ!」

「そうだべ!
 与吉の後さ継いで、狩りにも行ってくれただ!」

「おら達の怪我も治してくれたでねぇか!」

「喜作もそのお陰で生きてるでねぇか!」

口々に、皆が言う。何で、こんなに……

「兄ちゃん……おら、しってただ。」

ぐぐもった声で、矢作が言う。
かなり小さな声だったので、危うく聞き逃しそうになった。

「兄ちゃ、が……
 化けもんさ、なって……かり、してること」

「……!」

「兄ちゃんが
 この村さ、ねらう悪いヤツたおしてんのも、おらたちしってるだ」

気付いてたのか……
この村に限らず、農村というのは食料が豊富な為、
山賊や落ち武者に狙われる事が多い。
そういう奴らを、俺は狩りのついでに退治していた。
ちなみに、山賊が置き逃げした財宝を質入れした金を、
村の人に「毛皮売った金」と称して渡していた。
が、この様子だと、その事はばれてないらしい。よかった……
村の人の方を見ると、優しい顔を皆していた。

 『ウルと同じ道を歩かないでね』

ジャンヌの言葉が、頭に響く。
それと同時に、村人の顔とジャンヌの笑顔が被った。

「ジャンヌ……俺は後悔しない」

誰にも聞こえない様に、俺は小さく呟いた。
俺の中で、決意が固まった瞬間だった。

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