あかとの場合


 逃げなきゃ、とにかく遠くまで。

 裸足で逃げ出して足の裏は擦り切れ、血が出ている。
 でも、そんなこと関係ない。とにかく今がチャンスだ。

 生きるチャンスだ。


 私が生まれた場所は小さな小さな農家だった、ごくごく普通な在り来りの日々。
 それは突然「人間」の手によって消しさられてしまった。
 両親と離れ離れにされ、私は頬に奴隷の証である刺青を掘られた。蝋燭のように書かれているそれは囚われた命の炎を表している、と言われた気がするがもう何年も前だ。記憶が薄い。

 オークションに出され、買われた家では奴隷として働かされた。ある時には辱めさえも受けた。
 死ぬことも生きることも許されなかった。
 夜を迎える度にここから逃げ出したい、いっそ死ねるなら、毎日夢を見ていた。朝が来るのが怖かった。

 ある日の夜中、火事を知らせる鐘の音で目が覚めた。
 屋敷が燃えている。
 忌まわしき人間の住処が。

 これで死ねると思った、ようやく自由だ。
 囚われた蝋燭の命、炎で溶かされるのも悪くない。

「遅くなった!」

 すると屋敷の人間、唯一私に声をかけてくれたメイドで、唯一私を見てくれた人間だった。

「なんや?」
「にげて!!」
「…生きてる意味も無いんやし、このまま溶かされるわ」

 それでも彼女は聞く耳を持たず、私の足枷を外した。

「逃げて、お願い、死なないで」
「なん、で」
「ずっと見て見ぬふりしてごめんなさい、助けてあげれなくて、でも今なら、今ならようやくあなたのために動けるの。」

 私の手の枷も外し、彼女は私の手を引き走り出した。

「だから、なんでや!私なんて生きてる意味ないやろ!こんな墨まで掘られて、生きていけるわけないやん!」
「生きるんだよ!」

 それでも、生きるんだ。

 喧騒の中を私達は走り抜ける、足が痛くなっても、血が出ても、枯れたはずの涙が頬を濡らしても、とにかく走る。
 後ろから囲える叫び声を無視しながら私達は逃げ出した。

「ここでサヨナラだね」

 命からがら逃げ出して、私たちがついたのは小さな街、こんなところがあるなんて知らなかった。

「……アンタのこと嫌いやないけど、人間は大っ嫌いや。」
「分かってるよ、……それでも生きて欲しかったんだ。」
「勝手な人やな…はぁ、残りの人生オマケやと思って生きてくわ」
「あはは、この街は比較的人間より擬人の方が割合を占めてる。きっといい事あるよ。私は街へ行くけどね」
「……ホンマ勝手な人」
「生き物なんてそんなもんだよ。」

 じゃあね。笑った彼女は泣いていた。悔しいことに私も。

「ま、生きてみるかあ」

 こうして始まった私の話、巻末ページと思って聞いてくれたら嬉しいな。
 なんてね。

END……?



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