#1







失う辛さと奪う苦しさを天秤にかけたら、どちらに傾くか分からない。ただ俺は今の居場所が心地よいと感じている。俺がもし、故障や破損で動けなくなってイレギュラーを討つことが不可能になったら、仲間は自分に何て声をかけてくれるのだろう。戦闘用に出来ることは現場での任務以外に、デスクワークなどの内勤があるが、本来生まれてきた使命を存分に全う出来ないということは誰でも酷く傷つくことだろう。(戦うという課せられた使命に、俺は悲しみを抱くが。)居場所や存在意義欲しさに敵を討っているつもりはないが、今自分がここに居れるのは、自分のバスターに砕けていった命があったことを思い出すと何とも歯痒い気持ちになる。



――…ここ数日はイレギュラーの発生もなく、今日も穏やかな一日だった。今のうちに提出用のレポートや他の隊から回ってきた書類を片付けてしまおうと設けられたデスクに就く。チェック待ちの報告書などに手をつけて、並ぶ文字を長いこと眺めていたら遠くから先輩と後輩達が「お疲れ様」と俺に声をかけてくれた。もう終わったのか?と後輩に軽い皮肉を交えて冗談に言ってみると、少しひきつらせた笑顔を残して足早に行ってしまった。…終わってないな、あいつ。デスクに向きなおると平積みされた書類達が自分を一様に見つめていた。その量に思わず、溜め息が。








「頑張ってるわねぇ」

『…え、あぁ、名前1さん!』

「溜め息、聞こえてたわよ」


くすくす、と声をひそめて笑う彼女は開発や整備専門の若い博士をしている。負傷したハンターや隊のメカニロイドなどを何度も直してもらったことがあって、もうすっかり馴染んだ柄だ。任務から傷ついて帰還したハンターを見つけると、途端に捕まえて怒号を飛ばしながら修理をしているのを見たことがある。その時に彼女を知って、優しい人だと認識したのが最初。いわば、名前1さんは俺達の担当医のような立場だ。


『名前1さんもお仕事ですか?』

「ん…、私は今日はこれで終わろうかなぁと思ってる。エックスは?」

『俺はもう少し課題を終わらせようかと』

「熱心なのはいいことだけど、無理しちゃ駄目だよ」


目の下に隈がある貴女が言うことですか、内心思いつつ彼女の言葉に苦笑いさせられた。「マグカップある?」『え、…?』「コーヒー淹れてあげる」今だって彼女は人を気がかりにして本当に優しい人なんだと思う。確かにエネルギーが消耗していた俺に、レプリロイド用のコーヒーを彼女は持ってきてくれた。


『…名前1さんの、コーヒー、美味しいです』

「あら、正直言っていいのに」

『本当ですよ』

ありがとうございます、温かいマグカップを口につけると彼女は柔らかく笑った。「それじゃ頑張ってね、エックス。」俺との会話に満足したのか名前1さんは踵を返した。オートドアの先へ出て行ってしまった後でも「"エックス"」彼女の声を記憶した声音記録が、自然に自分の名前を頭の中で再生している。再びデスクワークに取りかかろうとすれば、キャップを忘れたボールペンの先がすっかり乾いてしまっていた…。それでも胸が温かいのはコーヒーのせいなのか。沈黙している書類に手を伸ばした。

2010626