月二想フ

 列車が揺れている。ごとんごとん。ずっとずっと。きっと同じところをぐるぐると回っているのだろう。ぐるぐるぐるぐる。ごとんごとん。私は好きよ、終わらない旅だって。

 目の前の大きな窓から見えるのは、星がちらちらと瞬く夜空。ああそうね。大きな丸いお月さま。今夜は一際明るいのね。今日もきれいよ。

 バーカウンターでカクテルグラスを傾ける。ごとごと。少しは揺れるけれど、問題はない。それよりもこの静かな列車で飲むベルベット・ハンマーが、私は一等好きなのだ。ごめんねお月さま、貴方よりも。

 それにしてもなんて静かなのだろう。カウンターに肘を着いて頬に手を当てる。目を瞑ると、何も考えなくても彼(カ)の想い人が浮かぶ。ああ、また、貴方なの。私はふふ、と笑った。

 一体何年振りだろう。少女のように胸が高鳴るこんな恋なんて。戸惑い、否定しようとしたけれど、できなかった。やっぱり今日も、貴方が好きよ。貴方はまだ知らないけれど。私のこんな恥ずかしい気持ち。

 甘いわ、甘い。こんなに心が穏やかだなんて。恋ってもっと、不安とか、嫉妬とか、あるでしょう。少なくとも今までの私の恋がそうだわ。だってまだ、貴方は私の気持ちすら知らない。それなのにどうして私はこんなに幸せなの。貴方がそばに居るわけでもないのに。どうしてかしら。貴方を想うだけでこんなにも、こんなにも私は幸せなのよ。ねえ。

 心の内側から、甘い甘い温かい水が湧き出てくるのが分かる。私はその水をすくって少しだけ口に含んだ。甘い、ベルベット・ハンマーの味。

 無口なマスターがきゅ、とグラスを拭く。私が目を開けるとそんなマスターと視線が合った。マスターは私の視線に気付くと柔らかく人差し指を立てた。


「良いことを教えて差し上げましょう」

 私は首を傾げる。


「グラスの上で指先をこすり合わせてみてください。とっておきの仕上げです」

 不思議に思いながらも私はマスターに言われたとおりカクテルが入ったグラスの上で自分の指先をこすり合わせた。

 さら、さら。

 こすり合わせた指の先から、何かが零れた。砂、のような。粉のような。きらきらとした、何か。途切れることなく、さら、さら。七色、虹色? とっても、きれい。

 指先から零れた何かがベルベット・ハンマーに落ちて溶ける。その様子を見ていたマスターは顔を上げた私に向かって少しだけ微笑んだ。

 私はグラスに手を伸ばして口を付ける。とろりとした液体が口内に流れ込んでくる。


 ああ、なんて。


「なんて素敵な味なの……」

 甘美で優しい恋の味。さっきよりも、ずっと美味しい。


────嬉しい。



 ねえ、貴方への恋心は、こんなに素敵な味がする。

 知ったら貴方はどうするかしら。わからない。怖いわ。

 でもね、飲んで欲しいの、いつか。

 だってこんなに美味しいんだもの。


────私、私。



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