私の三十センチメートル

 髪を切った。
 あの人は私を選ばなかった。


  私の三十センチメートル


 何かあったの? 会う人会う人に訊かれる。そして私は答えるのだ。何もない、と。
小さい頃からずっと長かった髪を短くした。約三十センチメートル。たったのそれだけ。未練なんてない。自分で決めたことなのだから。
 重みのない頭にいまだ慣れず、不思議な感覚が続いている。俯くとき、顔を上げるとき、振り返るとき。Tシャツを着るとき、頭を出した後に髪の毛を襟口から出そうとする動作はいつの間にか癖になっていたのだと気付く。手は所在無げに空(くう)を流すだけだ。
 頭は軽い。ふわふわする。だけれども何故か、心は重く、まるで綿が水を吸ったような鈍い質量が私のお腹の底に鎮座している。切り離したはずの思い? 何なのだろうこれは。私は何を悲しんでいるのだ。本当はそんなこと、自問するまでもなく答えは分かっているのだけれど。そう。
 私の十年の恋は、先週、静かに終わりを迎えた。雨が止むように。そして雨が、降るように。私の心に絶えず流れ続けていた恋心という名の小川は、今では水が消え、湿った土だけが残っている。
 私の恋心をあの人はきっと、知っていたし、私も隠そうとはしなかった。好きだから。そばに居たいと願った。誰よりもあの人を理解し、支えられると思っていた。
 今となってはお笑い種。結局彼は私を選ばなかったのだから。


 高校からの帰り道、駅で偶然彼に会った。家が近くて幼い頃から一緒に遊んでいたのだから、並んで帰ることに違和感はなかった。彼は元々私の兄の友人で、私より三歳年上だった。大学に入ってから二年と少し経つのに彼はあまり変わらなかった。お洒落を意識した髪形もせず、チノパンも履かず、いつもTシャツにジーパン。髪の毛には寝癖が付いている。客観的に見れば彼はちっとも格好良くない。
 でも。でも、私の目には誰よりも、他の誰よりも格好良く映ったし魅力的だった。小学校のときから私の気持ちはずっと変わらない。十年間。ずっと。
──ああ、手を、繋いで歩けたらなあ。
 並んで帰路を歩きながらそんなことを思う。横目で彼を見ると、彼は眠たそうに目を細めていた。うーん。好きです。
 言うのだろうか。言えるのだろうかこの想いをいつか。私にとってこの気持ちはもう当たり前過ぎて、今更なんて言ったらいいのかわからない。わからないよ。
「……学校、どう? 今年受験でしょ」
 隣を歩く彼が落ち着いたトーンで聞く。向こうの空が夕焼けで茜色に染まっていた。
「うん、頑張ってるよ。志望校も決めた。受かれば来年から私も華の女子大生だよ」


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