なんで? と訊こうと口を開いたところで、彼は私の承諾を待たずに小瓶に口を付けてぐいと一息に飲み干した。

この時の私ほど「開いた口が塞がらない」という言葉を体現した人間は今までいなかったのではないかと思う。そのくらい私は驚愕、否、ドン引きしていた。


「な、な、な」

こつ、とヒールの音がして、自分が後ずさりしているのだと分かった。まともに声も出ない私とは対照的に、天ヶ崎くんは楽しそうに笑った。


「飲んじゃった」

そんなことは分かっている。真正面のベストポジションで一部始終を目撃した相手に向かって何を言っているのだこの男は。

私は唐突に思った。これは私の知っている高校生の天ヶ崎くんではないのだと。かつての彼が果たしてこんなに大胆な行動を取ることがあっただろうか? 彼だって私と同じだけ年を重ねて生きてきたのだ。私が自分を昔とは違うと考えるように、彼だって昔とは違う。社会に出て金を稼ぎ責任を知り、見ることのできる世界は広がったのだ。私が向き合っている目の前の青年は、あの頃の穏やかで幼い少年じゃない。大人として今を生きる彼だ。そして私はその彼を──


「皆川さんの悲しい感情はおれが全部飲んだ。だからもう不安にならなくていいよ、泣かなくていいよ」

優しい微笑みを浮かべて彼は言った。自分でも情けなく思うほどに心が安らいで解けていくのがわかった。

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