ゆっくりと食事をして、ゆっくりと話をした。デザートのジェラートまでしっかり堪能して、私達は店を出た。美味しく頂いたワインのアルコールがまわって、私はほんのり良い気持ちになっていた。

天ヶ崎くんは律儀に軽く頭を下げてお礼を言った。


「ごちそうさま、ありがとう。すごく良いお店だったね」

「うん、どういたしまして。喜んでくれてよかった」

同じように頭を下げようとしたところで私はバランスを崩してよろけてしまった。「おっと」、天ヶ崎くんがすかさず手を伸ばして支えてくれる。


「お酒まわったの? ほら、まっすぐ立って」

保護者みたいな口ぶりで天ヶ崎くんは言う。なんだか可笑しくって私は少し笑った。


「まっすぐ立ってるよ」

「まっすぐ立ってるひとはよろけたりしません。ほら顔上げて」

腰を屈めて私の顔を覗きこむ天ヶ崎くんの目は、黒目のところが深い色をしていて、まるでやさしい夜空みたいで、なんだか私は安心した。


「まっすぐだね」

私は呟いた。「え?」天ヶ崎くんが聞き返す。


「天ヶ崎くんの目、まっすぐだ」

黒くて穏やかな瞳を見つめて私は言った。そしてそのまま言葉を続ける。


「ねえ私も、私の目もまっすぐかなあ。……高校の頃の恋人がね、言ったの。私の目はまっすぐだって。その目を失くさずに持ち続ければ、また天ヶ崎くんと仲良くできるって。私、あの頃、天ヶ崎くんと普通におしゃべりできなくなって淋しかったから、今こうして会えたのがすごく嬉しいんだけど、それって、私の目がまだまっすぐだからなのかな。私の目はまだ、まっすぐでいられてるのかな」

言いながら、私は何故か切なくなって顔を伏せた。こんなこと天ヶ崎くんに聞くなんてどうかしている。”高校の頃”、私は彼を振ったのに。

天ヶ崎くんは答えなかった。私を支えるために肩に触れている手も動かない。何を考えているのだろう。意味の分からないことを聞いた私に戸惑っているのかもしれない。昔の話を持ち出されて傷付いているのかもしれない。馬鹿なことを言った。私は顔を上げる。


「ごめ──」

「冷えてきたから帰ろうか、送るよ」

変なことを言ったことを謝ろうと私が口を開いたのとほとんど同時に天ヶ崎くんが私から離れた。背中を向けて前を歩き始める。

開いた口が言葉を失って閉じられる。どこか他人行儀な天ヶ崎くんの後姿に私は胸が苦しくなった。


(あ────、)


「……ありがとう」

のっそりと足を動かしながら小さく返事をした。

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