「もう大丈夫です。本当に、助かりました。ありがとうございます。あの、もしご迷惑でなければ、後日改めてお礼をさせていただけませんか」
心からの感謝を込めて言うと、男性は一瞬間を置いた後に答えた。
「ああ、やっぱり分かってなかったんだね。おれだよ皆川さん」
え。
俯いていた顔を上げる。
「──、天ヶ崎くん」
心配そうに私を覗き込むその顔は間違いなく天ヶ崎くんだった。まだ動きの鈍い脳が精一杯の混乱の意を示す。
「電車の中でも一応言ったんだけど聞こえてなかったみたいだね。貧血? 本当にもう大丈夫?」
この上なく善良な顔をして天ヶ崎くんは訊く。
「だ、大丈夫。いやそれより、どうして、あの、」
私の言わんとすることを汲んで、天ヶ崎くんは「ああ、」と声を上げた。
「ちょうど電車に乗り込むところでさ、別のドアから入る皆川さんを見つけたから、すごい偶然だと思って、声を掛けたくて車内を移動して探してたんだよ。そしたら、顔真っ青にして今にも倒れそうな皆川さんを見つけて。そして、今に至るというわけです」
「……ご迷惑を、おかけしました」
私はもう一度深々と頭を下げた。「どういたしまして」と言って彼も頭を下げる。
「あの、本当にありがとう。天ヶ崎くんがいなかったらたぶん私、倒れてたと思う。迷惑じゃなければ何か、お礼をさせて」
私が言うと彼は「気にしなくていいのに」と言って肩を竦めた。
「ううん。きちんとしたいの、本当に助かったから。あの……、住所、聞いてもいいかな」
後日に何かお礼の品を送ろうと思い、私は住所を尋ねた。メモをしようと鞄からスケジュール帳を取り出す。そんな私の手を制して、天ヶ崎くんは口を開く。
「物はいらない。お礼なら、今度食事奢ってほしい」
穏やかな口調で彼は言った。
「……天ヶ崎くんが、それでいいなら」
ゆっくりと頷く。天ヶ崎くんも満足そうに頷いた。
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