それから少し経ったある日のこと。私は仕事でミスを犯した。それ自体は小さなもので、被害もほとんどなく丸く収まったのだが、普段なら間違えようもないところでのミスだったせいで私は少し落ち込んだ。こんなことが二度とないようにしよう、そのためにはどんな対策を打たなくてはいけないのか。考えながら帰りの電車に乗る。

空いている座席がなかったのでドアの近くに立ち目的の駅に到着するのを待つ。多めの人が入った帰宅ラッシュの時間帯の車内は少し息苦しい。私は下を向いた。

そういえば今日は涙の発作が起こらなかった。昨日は夕方頃、コピー機を使おうとしてデスクを立った瞬間に発作が出た。発作が出るようになってもう二週間以上経っただろうか。もし一ヶ月経っても治らないのであればさすがに病院に行ったほうがいいのかもしれない。心か、目か、どちらかの調子が悪い可能性がある。何かしら手を打たなくては。

その時、すー、と音が聞こえた気がした。覚えのある感覚に、私は伏せていた目線を上げる。脳の奥の方から冷たい空気が押し寄せてくる。暗闇が迫ってくる。口の中の水分が一瞬にして干上がる。私は小さく口を開けた。目の前が暗くなる。しまった、貧血だ。

元々貧血になりやすい体質だから生活習慣には充分気を付けていたのに。いや、そういえば今日は昼食を摂っていない。昼休憩の直前に発覚した例の私のミスのせいで、対応に追われて昼食を食べ損ねたのだった。

たった一度の食事をしなかっただけでこんなことになるなんて。私は自分の情けなさに悲しくなった。しかし今は、そんなことを嘆いている場合ではない。

次の駅に到着するまで約二分。それまでなんとか耐えないと。駅に着いたら電車を降りて、自販機で水を買って少し休めばいい。とりあえずはそれで落ち着くはずだ。だから耐えないと。二分なんてすぐ。あっという間なんだから、耐えられる。

そうは思っても体は言うことを聞かない。指先が急速に温度を失くしカタカタと小さく震え始めた。唾を何度も飲み込んで喉からせり上がる吐き気に耐える。苦痛から、目尻に涙が溜まる。脂汗が全身から滲む。


『まもなく到着致します。お降りの際はお足元にお気を付けください……』

耳鳴りの隙間から車内アナウンスが聞こえる。

あと一分。いっぷん、いっぷん。


ぎゅっと閉じた瞼から涙が一粒零れた。



ああ、もうダメだ。





「──大丈夫?」

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