それから当たり障りのない、最近の仕事の愚痴なんかを話してから、連絡先を交換してその日は別れた。なんというか、くすぐったいような、違和感があるような、不思議な時間だった。彼とこんな風に二人で酒を酌み交わす日がくるなんて、当時は考えもしなかったから。

私は高校当時から彼のことが嫌いではなかった。むしろどちらかというとすきだった。穏やかで話しやすいひとだなと思っていた。交際の申し出を断ったのは、当時私に別の恋人がいたからというのが主な理由だが、それよりもまず彼を恋愛対象として見れなかったからだ。まあ平たく味気なく言い換えるとするならば「良いひと止まり」というやつだ。一歩踏み込んだ関係になるところが想像できなかった。それでもやっぱり私は彼のことをクラスメイトの一人として好いていたし、交際を断った後に話をしづらくなったことも淋しく思っていた。だから彼と、わだかまりなくまた話せるようになったことは、私にとってはとても嬉しい出来事だった。時の流れとは偉大だ。


そんな気分のよい帰り道。ほろ酔いの私は浮かれた足取りで自宅までの道を歩いていたわけだが、すぐ目の前にマイ・スイート・ホーム(マンション)が迫ったところで、また。


「あ、」

ふと下を向いたところで見えた雫。頬を触ると濡れている。ぽろぽろ。ああ、私は泣いているのだ。

街頭がぽつりと照らす道に人影はない。私は慌てもせずにポケットから小瓶を取り出して頬に当てた。涙が少しずつ溜まっていく。
そこから二分ほどの自宅までの道のりの間に、涙は止まった。私は瓶に蓋をして玄関のドアを開けた。しんと静かな我が家。

先程まであんなに楽しい気分だったのに、涙の発作がまた起きてしまったことで私の気分は少し落ち込んだ。一体私は、どうしてしまったのだろう。

涙の小瓶をテーブルの上に置く。たくさん泣いているつもりでも意外とすぐには溜まらない。もう、小瓶三本分くらいは泣いたような気持ちなのだけれど。


「もし私が人魚なら、この涙が宝石に変わったり高値で取引されたりしてさー、……大儲け!」

名案! とばかりに手を叩く。が、こんなくだらない冗談を言ったところで突っ込んでくれる同居人の一人も居ないのを忘れていた。部屋は静かだ。


「さっさと寝よ」

洗面所でメイクをじゃばっと落として、私はすぐにベッドへもぐり込んだ。

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